最近、映画やドラマなどに出演する女優さんを、俳優と紹介するの増えましたよね

俳優と聞くと勝手に男性のイメージを浮かべますが、女優に対するなら、そもそもそれだと男優だよな、と

時代的に、よりトラブルなどをなくす配慮から生まれた呼び名なのかな?とたいして興味もないので調べもせず勝手に想像しております今日この頃

例えばギターを弾く人をギタリストと呼ばすに、ミュージシャンと呼ぶ的な?ちょっと違いますね

歌上手い女性アーティストを歌姫と呼ぶけど、歌王子呼びは存在しない的な?
もう時代的に特定するのは、差別だ何だとめんどくさいから、もう紹介する時は全部人間で良いですね

男も女も年寄りも子どもも、なんなら人ならざるものや、物や、現象、未来過去、もう全部一括りにして差別も区別もなしにして、ひとつの呼び名に統一すれば解決ですね

何にでも使えて、便利な一文字とか作れば良いと思いますが、そうなればなったで、なんでもかんでも一括りにするのは良くないとか言い出すヤツが出てきますよね、必ず

もういっそのこと滅びてしまえバルスと唱える今日この頃でした




誰が言ったか分かりませんが、原点にして頂点と言う言葉が最近自分にとてもフィットしています

どれだけ最新の技術や物が出てきても、自分が一番多感な時期に受けた衝撃を超えるのは、今現在なかなかない今日この頃

例えば、どれだけ3Dグラフィックが優れ、実写と間違う位綺麗な映像のゲームが出たとしても、すごいなと思うがそれ止まりな感じがしなくもない気がしなくもない

映像がただの2Dドット絵のゲームで、ハードも今のゲーム機のスペックから比べたらゴミみたい物でも、そこに何かしらのロマンを感じたり感動したり、制限がある中ならではの楽しみ方と言いますか、心躍り血沸き肉躍り盆踊りオードリー春日なわけです

もちろん新しい技術や物は素晴らしいです、最&高ですよもちろん
お値段お手頃で快適ですしね

お金を払えば出来立ての美味しい食べ物を、快適な自分の部屋で指だけでネット注文完結する訳じゃないですか
そんな便利を蹴散らして、あえて一時の不便を体感すべくそこそこな山の中なり川なり海なり行く訳じゃないですか

そして、わざわざ自分で食材やら調理やらしてテント的な布家で、決して快適とは言えない環境で飯を喰らう訳ですよ

そして、ささやかな達成感を得て、現代社会に帰っていく訳です
どれだけ便利で優れていても、当たり前になりすぎると感動や心踊るような衝撃みたいなものは感じづらくなるのかもしれないと思う今日この頃

結果だけ求めがちな現代、あえて面倒とされるプロセスを楽しむことに、豊かさが隠れていたりするのかなと思いますが、たぶん気のせいですきっと


















肌が隠れる面積は同じなのに、水着はオッケーで下着はアウト

どちらも黒くてなかなかキツイ形している虫なのに、コオロギやスズムシは風情があって秋らしくてエモい、ゴキブリは問答無用でキモい

「牛や鶏食べられるために殺されるのかわいそう、動物にだって感情はあるんだよ?」
カウンターがある寿司屋にて
「さっきまで生きていた魚を目の前で捌くから鮮度抜群で最高に美味しい〜」
魚にも感情はあると思います
表情はあまり変わり映えしませんがね

食べる前にソースやら醤油やらかけるのは失礼らしいです
では、サラダでも食べる前にドレッシングかけずにそうしておくんなまし

ああ、人なんて、いい加減な生き物さ
だって人間だもの、たぶん