ふとした時に、天草四郎に関する情報を得ました。


私は土地柄なのか何なのか、戦国時代のキリシタンにまつわることや、鎖国のキッカケになったという島原の乱が気になります。

今回、知ったこと。

○天草四郎は通り名、あだ名のようなもので、本名は益田時貞。天草の四郎。実在した人物という歴史的情報はあるけれど、顔は謎。敵方で四郎の顔を見た者はほとんど居ない。

○16歳でリーダーに担ぎ上げられた四郎。島原の乱の収束後、少年の首(御しるし)は複数人分あった、調べるために送られる最中、どの首が四郎のものか不明になってしまう。四郎の母親に確かめさせたという説もあるが詳細は不明。

○島原の乱を攻める側に宮本武蔵がいた。投石攻撃に逢う。…あまり目立たない感じ。

島原の乱については、ウィキペディアが詳しいですし、YouTubeにもたくさん動画があります。島原の乱は単なる宗教一揆でもなく、圧政に苦しんだ挙げ句の一揆でもなく、その実情は複雑かつ壮絶なものでした。時代と、その土地の領主と、宗教と、生活活動そのものの限界と過酷な痛め付け行為。

場所と時代と少数の有力者に揉みくちゃにされた人々。
頭を取られた沢山のお地蔵様がありますが(キリシタンの方々によって取られたらしい)、その写真を観ると、なんとも言えない感覚になります。個人的な考えですが、首の無い無数のお地蔵様たちの、もどかしさのようなものを感じます。自分たちの頭を取られようが、それはきっと些細な行動や主張に過ぎないんです。お地蔵様たちは、どんな気持ちで頭を壊されていたんでしょうか。無礼だとか、怒りだとか、何か咎めるようなものは無かったんじゃないかと思います。頭の無いお地蔵様たちの写真からは、その情景を作った方々の悲痛を越えた状況を感じざるをえませんでした。