迎  春

 

 

   客:新居を谷中に構えて二度目の正月ですね。

   主:そう、早いものだ。たまに雪が積もると墓地

     の辺りはこれが都心かと疑うような閑けさだ。

   客:この数年、世の中では大事件が続きますね。

   主:本当に。もう、一昨年のことになってしま

     ったが、優子と僕の晴れの宴の直前にも、イ

     ヤな事件があった。昨春の賀状には書けなか

     ったが・・・・・・。

   客:「狂信」に対する知的な解毒剤はないもので

     しょうか。

   主:その「狂信」の一部は教育に由来するだろ

     う。解毒よりは予防の効き目のある本なら、

     チェスタートンの『狂った形』という短篇を

     まず、あげるね。

   客:「ブラウン神父の童心」の中の一篇ですね。

   主:舞台は前世紀末のロンドンだ。それからの

     百年のことを考えると、人に薦められて読ん

     だ本だが「昆虫少年記」(柏原精一)が面白か

     ったので、付け加えておこう。〈童心〉innocence

            と現代の最先端の〈科学する心〉は決して別

     ものではないんだね。

   客:なるほど。やはり世紀末の今年こそ、平和

     な良い一年になるといいですね・・・・・・。

                 1997年新春