こんばんは。



続きです。




以前1週間の冷却期間としての別居生活の時に、母親にもう実家に戻ってこない覚悟で家に帰りなさいと言われていましたが、結局帰りました。


たまたま姉も帰ってきていたのですが、会ってすぐに涙がでてしまい、当然2人は私の異変にはすぐに気づきました。


話をするうちに、

「とりあえず今日帰ってもまた出て行けと言われて向こうも余計息が詰まってあんたのことがますます嫌いになる。今日は泊まったら?」と言ってもらえたので、土曜日は泊まることにしました。


夜も話を聞いてもらい、

「やはり退去日まで決めると言うのは、相当向こうが覚悟している証拠。

あんたが帰ったら向こうは顔を見たくないから1日でも早く出ていく。

しかも出ていく日も告げないって言ってる以上、ある日突然あんたは仕事から家に帰ったら家電から何から空っぽになっていると言うこと。

そうなるともう立ち直れない状態になると思う。

離婚を決断するのは先でもいい。

とりあえずお互いのためにも、家は先に出てきなさい。」


母はそう言い、

「まぁ最後はあんたがきめることやし、帰る時間までゆっくり考え!」

と少し1人にしてくれました。


金曜日、わたしは旦那に、8月末まで私はこの家に残るつもりと言いました。

そして、旦那とまだ夫婦であることを感じられたご飯を、出て行く日までは作ろうと思ってました。


しかし、帰る時間が近づき、


献立が思い浮かばない

両手いっぱいの食材を持って帰る気力がない

作れる気がしない

そもそも何かを食べたいと思わない


毎週苦もなくできていたその習慣ができそうにないと思った時、

何時に帰ってくるかわからない旦那のご飯は作れたけど、

いつ出て行くかわからない旦那のためにご飯を作ることは気持ちの面で、できない。

と思いました。


その日は疲れもあり早く寝て、、

日曜日の朝、母親についてきてもらい、実家と自宅を3往復して荷物を全て引き上げました。



日曜日から別居生活となり、これまではどれだけ仲が悪くても

私の作ったご飯を食べる

同じ布団で寝る

行ってらっしゃいと見送り、ただいまと迎える


というような夫婦として一緒に暮らす中で最低限の関わりはありましたが、

ついに戸籍だけで繋がっている夫婦になってしまいました。。