今の私と同じ二十九歳でペトロ神父はマカオに行きました。そしてローマに渡り、過酷な運命を乗り越えながら14年後に夢を達成して神父になられました。

二十九歳はまだ若い。決して遅くはない。でも私の場合はまず自分の夢がわからない…。

夢…、それは「書く事…」。けれど私のそれは、「野心」なのかも知れない。

(臥薪嘗胆。有名になって、父や母や姉や私を笑いものにした世間を見返してやりたい!)

そんな不純な思いを秘めた夢は、夢には価しないかも知れない。

それでも、あれから6年間、何も変わらないこの苦しみの忍耐は、きっと無駄ではなく、いつか私を用いて下さる時が来るのだろうと心の底では信じているのです。今は、何も変わらないのではなく、「その時」の為に蓄えておかなければならない学びの時間なのだと…。そうでなければやりきれない。

 

 11月は慎二さんの誕生日です。32歳。プレゼントに服を選びました。選んだ服のイメージは控えめで物静かで信念のある人。

それは寛之さんのイメージでした。本当のあの人はもっと軽めで派手な感じだけれど、寛之さんの様な人であって欲しいと言う思いを捨てきれないのだと思います。

その服を買って現場に行けば、

「佐高君は今日は休日出勤だから早退したよ。さっき、直美ちゃんが誘いに来てね。何か用事?」

と、主任さんから言われました。直美ちゃんとは、行きつけのスナックの女性です。

「そうですか。」

「独身は自由でいいな。」

と主任さんは屈託なく笑っています。

「そうですね。ちょっと書類を渡したかったので。」

私は笑顔がひきつらない様に気をつけて言いました。

慎二さんが誰と会おうと自由です。会った時から結婚を口にしていたあの軽い人は、言葉も軽くて自由なのかも知れません。

 

夢がどうとか、野心がどうとか、本当はそんなものない。私のささやかな願いは平凡な家庭が欲しい。でも、それが一番難しい…。

あの日、キリストが私に気が付かれて「貴方の信仰が貴方を救ったのです」と言われた。

その言葉は永遠で、でも、この世の中につかれば、その言葉はもろく、何の効力もない。岐部神父の様な信念なんて私の血の中には一滴も流れていない。

いつもゆらゆら。そして人が恋しい…。人の優しさが欲しい…。

竹富主任に頼ったって仕方がない。

何故、慎二さんは私と歩いてくれないんだろう。途中まででもいいから、一緒にいて欲しかった。

そんな願いをあの人は裏切った。これで何人目だろう。