夏になると、佐高さんも心の整理が大分ついたのか、明るくなりました。夜景を見に行ったり、海に遊びにも行きました。

昨日はえびの高原までツーリングに行きました。

余裕のない慎ちゃんには振り回されてと言うより、自分で振り回って疲れたけれど、昨日の慎ちゃんは、寛之さんのように優しかった。

ヘルメットをかぶって慎ちゃんの背中にぴったりくっついて走ります。もちろん初めての体験です。スピードの苦手な私ですが、慣れてくるととても気持ちがいい。

真夏の光の海の様な高原を右に左に体を傾けながらジェットコースターのようにグングン走って行きます。何もかもが風と一緒に後ろに飛んでいく。あるのは今だけ。そんな瞬間を味わえます。

慎ちゃんとも一日中一緒にいると今までのわだかまりが飛んでぴったり合って来ます。とてものびのび出来る。私を全部出せる。寛之さんと同世代の人をあれから初めて本当に好きになれた。きっと慎ちゃんも私の事が好き。昨日はそんな顔をしてた。楽しかった。本当に幸せだった。もしこの日が思い出に変わる日が来ても、きっと今日の日は忘れられない。

慎二さんに大きな問題があっても今は感謝したいと思うのです。

慎二さんも寛之さんの様にいつ死ぬかもわからない。だから今度こそ素直に信じて大切にしたいと思います。寛之さんの時の様に疑うのはやめようと思います。寛之さんが死んでわかった事はあの人が、一番最後に大切にしてくれたのは私だったこと。そんな事が生きている時は少しも信じられなかった。だから、いろんな事があっても慎二さんの事は今度こそ信じようと思うのです。私に慎二さんが必要なようにあの人にもきっと私が必要なのだと…。

 

6度目の秋が来きています。もう、そこまで…。

秋に…、あの人に会いたいな…。

代りに、慎ちゃんと会う?

慎ちゃんが寛之さんのような人であって欲しい。学歴も仕事も違うし、過去も子供も借金もあっても、寛之さんのように深い人でいて欲しい。

そう思ってしまう私は、また寛之さんを追っているのだろうか?

そう思っていると慎ちゃんから電話がありました。明日の休日にバイクで旅行に行くと…。渋る慎ちゃんの背中を押したのは私です。大丈夫かな。あの時みたいに急に消えたりしないですよね。秋があの人を奪わないですよね。

次の日また慎二さんから電話がありました。

「今、尾道にいる。いい天気。来てよかった~。」

慎ちゃんの声は飛び跳ねる様な張りがあります。とても素敵。やりたいことをすると人は輝くのだと思います。哀しみの中でみつけた楽しみ。

ああ、私も行きたい。あの輝いていた頃に。あそこ行って秘密のドア開ければ全ての時が逆回りして、二十歳のころの私に戻れるでしょうか。

そうしたらもう一度寛之さんと出会える。そしたら、今度は「あの道を通れば」って絶対言わないから、あの人は今も私の傍で生きている。子供もいる。お姉ちゃんもあんな人と結婚しなくて、もっと優しい人と。お父さんもお母さんも孫に囲まれている。どこにでもある普通の家庭。キリストも知らない。牧師先生も教会の人も竹富主任とも関係ない。慎二さんとも…。その代りに私の望んだ幸福がある。

でも、その道もきっとそんなに簡単じゃなかっただろうと今ではわかるのです。寛之さんのお母さんが私を受け入れなかったでしょう。もし、結婚したとしても私は精神を病むか離婚したかも知れない。

古い仕来りの旧家の長男に生まれた寛之さんは「家」の人が望む私以外の人と結婚したかも知れない。その方が今より辛い。

寛之さんと私のこの世での道は、やはりあそこが行き詰まりだった。

あそこまでだった…。

それがわかっていても、今ここから振り返れば、やはり涙がポロポロ出てくるのです。