何故そのような資格を父が持っていたかと申しますと、父は幼い頃から電気技術に興味を持っていました。
それは太平洋戦争勃発の暗黒時代です。
厳しい生活の中でコツコツと溜めた自分のお小遣いを小さな手に握りしめて、以前から欲しくてたまらなかった本を買いに行く少年の姿がありました。その本にはラジオの組み立て方が書いてあったのです。
喜び勇んで家に駆け戻り、夢中になって読んでいると背後に父親が立っている気配がしました。少年は恐る恐る振り返りました。
「親に黙って何を買って来たんだ!」
厳格な父親は少年にとって岩の様に大きく見えました。父親は、うつむいた少年の手から本を奪い取りパラパラとページをめくった後言いました。
「子供がこんな大人の本を読んで何がわかるんだ。無駄使いをするな!今すぐ返してこい!」
父親の言葉は絶対でした。一言の口答えも許されません。
少年は唇を噛みしめたまま、ついさっき踊るように駆け帰った道をトボトボと本屋さんまで返しに行かねばなりませんでした。
「あの…この本…すみません。どうしても父が返して来いと言うので…。」
お店の主人はさっき本を渡してくれた人とまるで違う人に入れ替わったように不愛想に言いました。
「わざわざ取り寄せた本じゃないか。こんな本他に誰が買うんだ。どうしてくれるんだ。もう一度お父さんに頼んでおいで。」
少年は半分泣き顔になって、帽子を取って何度も何度も頭をさげました。
「だから子供なんか信用するもんじゃないんだ。」
店の主人はブツブツいいながらやっとお金を返してくれました。
そんな思いをしても少年は諦めきれず、とうとう見様見真似で手作のラジオを組み立てました。
それが父の少年時代でした。
敗戦後の食糧難と就職難の時代、すでに父親を14歳で失っていた父は、家計を助けるためにも学びながら給与ももらえた○○県の無線通信学校に学んだ後、当時の国家警察の通信部に就職しました。その時、福岡で無線技術を競った大会が開かれました。一人、○○県代表に選ばれた父は、その大会で優勝し、東京の警察大学通信士科(当時の中野学校)への推薦入学が許されました。
そこで取った資格が「第一級無線通信士」の資格でした。
そのように当時はその資格を持ったものは、それほどいなかった訳です。父はそのまま国警にいたのですが、資格を探していた「ラジオ○○」の設立準備会の人達に引き抜かれた形になったのです。