二人の姿が見えなくなっても、私は長い間彼らが立っていた空(くう)を見詰めていました。
(私が?この私が世界中で一番幸せ?)
畳に座ったまま、いつまでも動かない私を心配して母と姉が私の背中を擦ってくれました。
「沙織ちゃん大丈夫?」
「うん…。あのね、今ね、お父さんと寛之さんがここに来た。」
私は二人に夢中になって今の出来事を話しました。
「それは沙織ちゃんがあんまり悲しむから、絶対お父さん達が出て来てくれたんよ。」
と姉が言います。
「そう。そう。お父さんも、あれだけあなた達を可愛がっていたのに、二人ともこんな事になってしまって…。やっぱり心配でたまらないのね。どうにかして手を差し伸べたいのね。お父さんの事だもん。心配で心配で向こうになんか行けなくて、やっぱりここに一緒にいるのね…。よくわかった。」
と母が目頭を押さえて言いました。
「お父さん、きっと寛之さんを頼りにしてたのに、まさか寛之さんまで逝ってしまって『どうしてもうここに来たの?嘘だろう。どこで間違ったの?』ってびっくりしたんだと思うよ。」
と言いながら皆で泣き笑いしました。
思えばその日、あれから初めて笑ったのだと思います。それから私達三人はその幻の大樹の下に寄り添い、一度に背負った悲しみの重い荷物を降ろして、何ヶ月かぶりにぐっすりと眠る事ができました。
その不思議な出来事は、私の中に深く刻まれました。三十数年間、折りに触れ「あれは何だったのか」と考え続けました。彼等の姿をこの三次元の世界ではっきりと見た訳ではありません。肉体を持って立っていた訳ではありません。でもやっぱりただの空想でもなかった…。今まで見えなかった違う次元を五感以外の何かを使って見たという感覚でした。
落ち込んだ時には、それはただの脳の防御反応だと掃き捨てました。人間の脳は、極限状態に追い込まれるとDMTが放出され強い幻覚を引き起こすと言います。山岳遭難者が、もう一人の自分に案内されて生き延びたという話も聞きます。それと同じ様に人生の道標を見失った私に、もう一人の私が自分で自分に言ったのだと思いました。
それでもその出来事がずっと忘れられなかったのは、私ほど不幸な者はいないと嘆いていたあの時に、自分の運命を呪っていたあの時に、「私は世界中で一番幸せ者だ」と残酷な言葉を自分自身に放った事が信じられなかったからでした。
もし他人がそれを口にすれば、私は激しい怒りに駆られてその人を生涯憎んだかも知れません。
気がふれたあげくに自分で自分を励ましたにしても、正気に返った時、その言葉は鋭い刃物になって私の喉笛を突き刺したでしょう。
それほどあの時点の私には受入れ難い言葉でした。
あれは幻覚なのか、それとも肉体は消えても魂(意識)というものはやはりあって、情愛深かった父達が私の為に霊界の掟を破って姿を現してくれたのか。本当の事は分かりません。
ただその出来事が、その後の私の人生の大きな道標になり続けていることは真実です。