私と彼とは本当に縁があったからなのか、それとも神様が可愛そうだから、それくらいは備えてくれたのか、彼が死んでから彼の職場の友人達に色々助けて貰いました。

同じ支店だった塩川さんも、彼が写っている写真を探して私に全部譲って下さいました。その写真で彼が入社したばかりの頃から、私と知り合った頃までの姿を垣間見る事ができました。

私の家の二三軒隣に偶然、彼と同じ年の同じ大学、同じ学部、その上、同期入社のお友達が住んでいました。私は近所に住んでいながら顔もよく知らなかったのでが、彼からその人の家には何度か泊まった事もあると聞きました。私と出会う直前には、北海道のニセコまで一緒にスキー旅行に行っていたとも聞いていました。私はただ、あの人を知っている人と話をしたくて、どんな小さな事でもいいからあの人の話を聞きたくて、その人に電話をしました。

「そうだったんですか。佐々やんにもあなたのような方がいらし たんですか…。それじゃあ、僕と北海道旅行に行ったあの後、直ぐに出会われたんですね。………。深町さんもこの前お父さんがお亡くなりになったばかりなのに…、お辛いですね。」

川野さんと言うその友人は、彼から聞いていた通り、落ち着いた紳士的な人でした。休日には何度か訪ねて下さり、旅行の写真をネガごと下さいました。そこにはたくさんの寛之さんの姿が写っていました。

軽快にスキーを滑っている所。

友達と腕を組んでいる所。

ロープウェイの中でピースをしてる所。

どこか高い所に昇って顔が引きつっている所。

ジャガイモを頬張っている所。

クラーク博士の前。

旅行の帰りに寄った早稲田大学の時計台の前で河野さんと二人で並んで写っている写真。

どこかのジュークボックスの前で、財布を出している所。

雪の積もった道路を歩いて行く後ろ姿…。

実物の彼と写真はどこかが違うけれど、瞬間を止めたその動きがあの人を彷彿とさせます。私は、ただ、ただその写真を眺め暮らしました。一枚一枚暗記してしまうくらい眺め続けました。

そうするとだんだん妙な気持ちになってきます。向こうの世界では楽しそうに笑っていたり、おいそうに頬張ったりしているのに、声が全然聞こえない。瞬間が固まって少しも動かない。あの人の世界は、きっとこの写真の向こうで動いているのに、私の前では止まっている。私はその中に入れない。私とあの人は全く違う世界を生きている。

それが恐ろしいほどの孤独を生みました。写真の中のあの人は、いつも他の人といて、私の知らない事をしている。私を少しも見てくれない。たとえこちらを見ていても、怪訝な目をしてる。

その目は、あの時、寛之さんのお母さんが「あなたなんて知らないと言い切った悲しすぎる言葉を連れてくる。せめてその中に一枚だけでも私と写った写真があったら…。それがないのが悲しくて、それがないのが、「あなたが特別な存在だったわけじゃない」という恐ろしい言葉の証しのような気がして、どうしても私もその中に入りたくなりました。

私は、鋏と糊を持って来て、自分の写真を切り抜いて彼の隣に並べました。一緒に写っていたらこんな感じかな…と、大きさや同じようなポーズ、その時の雰囲気に合うものを必死に探して、むりやり私をその中に嵌め込みました。それを現像して合成写真を作りました。

それが初めて、あの人と一緒に写った写真です。

写真を作った…。

それを現像した…。

写真を引き伸した…。

それで限界です…。

私と寛之さんはこれで限界なんだと思う。

これで全て…。もう、私にできる事は何もない…。

あの人とは やっぱり話せない…。

「佐々木は崖から落ちて死にました。」

後は信仰で頑張って下さい…。