7月の終りに、最初で最後の家族旅行をしました。義兄の許しを得て、家族水入らずで予てから約束していた黒部・立山アルペンルートを巡る旅行に行ったのです。
思えばその旅行は、神様から私達家族への最後のプレゼントだったのだと思います。その4カ月後には、父は一人で旅立たなければならなかったからです。
たくさん写真を撮りました。その一枚一枚が、幸せな時を惜しみながら刻み込むように輝いていました。この先に何が待っているのか何も知らずに、みんな無邪気に笑っていました。そしてそんな時も私の心は、遠く長野の空から彼の所に飛んでいました。
そんな私を知ってか知らずか父が私にそっと耳打ちしました。
「沙織ちゃんこの頃本当に綺麗になったね。お姉ちゃんには内緒だけど、お姉ちゃんに負けないくらいに綺麗になったよ。」
そんな事を父から言われたのは始めてでした。今、何よりも嬉しい言葉でした。叶わない恋に憧れ続けていた私は、私の人生の中ではきっと、一番綺麗な時だったと思います。
青虫が蝶に生まれ変わるように、醜いあひるの子が白鳥になるように、堅い蕾が少しずつ膨らみ始めるように、子供から娘になっていく過程だったのだと思います。
日に日に花開いていくそんな私を彼はどう感じていたのでしょうか。それとも彼の瞳には、もうほんの少しも私を写し出す事はなかったのでしょうか。
8月には海に行きました。私が彼の誕生日にプレゼントしたマリンブルーのサマーセーターを着て向かえに来てくれました。母が私からのプレゼントとは知らずに、
「まあ 、そのサマーセーター、 明るくてとても似合ってるわ。」と言いました。彼は、はにかんで笑っていました。
海に行ってもちっともおもしろくありませんでした。よくある でしょう。映画なんかで、恋人同志が海に行って、波打ち際を手をつないで走るとか、笑いながら水を掛け合うとか。あれはひどい嘘ですね。そんな事本当にしますか?だいたい初めてビキニなんて着て恥ずかしいし、子供の時のようには行きませんでしょう。
私達は別々に海に入り、別々に泳いで終ってしまいました。
喫茶店に入れば、彼は一番に漫画の本を取りに行きます。煙草はハイライト。以前より強い煙草を吸うようになったんですね。私も煙草の煙を大げさに手であおいで、ハンドバックからドストエフスキーの「白痴」を取り出しました。お互いに違う本を読みながら何も話さずに食事をします。何の為に会っているのかわかりません。
帰りの車の中で思ったのです。転勤が決まってから彼とは手さえ触れあった事もありません。やっぱり友達なんですね。友達と言っても悩みを相談できる親友でもないし、大学の頃はギターを教えてくれていた優しい先輩がいたけれど、そんな関係でもないし、この場合の友達という感覚が私には不自然でした。
その頃、私はようやく大手の建設会社に就職が内定しました。家族みんが心から喜んでくれました。これで私もやっと社会と対等に渡りあえます。定職がなければこの国では、半人前と言われているようで、とても惨めでした。
彼との関係は相変わらずでした。私はそのだらだらとした自分の思いに、いいかげんにうんざりしていました。毎日、毎日、かかりもしない電話を待つ自分を灼熱の暑さの中で持て余していました。そういえば以前、手紙にこんな夏が嫌いだと書いたら「もっと楽しい手紙を下さい。」と不機嫌そうな声で言われたな…。そうなんです。私は汗がしたたり落ちるこのベトベトした感覚が嫌いなんです。うっかり外に目をやれば太陽の破片が目に突き刺さる。帽子を忘れて太陽に挑めば、直射日光に殺されます。こんな酷い夏にあなたを思う私が嫌いなんです。