残念ながら、お経が下手な僧侶もいる。

字が下手な僧侶もいる。

祝詞が下手な宮司もいる。

所作が鈍くさい宮司もいる。



私自身、

真言宗のお経は歌うように、音階がある。

神道の祝詞もである。


うまく読もうとすると、欲が出る。

そうすると、お経や祝詞に込めるべき心が散る。


本末転倒。


下手でも、

心を込めることが大事なこと。


私は、

お経や祝詞は読めなくても良いと思っている。

それよりも、

如何にご先祖様に感謝の気持ちを込めれるかが、大切だと思っている。


お経や祝詞が読めないなら、

救われないというのもない。

文字の読めない人々や、言葉の話せない人は、皆救われないのであろうか?

そんな仏や神であれば、

闘えば良いと思う。

斬り捨ててしまえば良い。


私は昔から、

そう思っている。


お経や祝詞をうまく読もうとする心を、

斬り捨て、

感謝の気持ちをこめる。

我ではなく、他。

ご先祖様の供養とは、

そうあるべきだと考えて、

私は行っている。

ご先祖様の前では、

謙虚に真心を込めて、

感謝をお伝えしたい。





桃原鑑定事務所 公式ホームページはこちら

対面、電話、お好きな方をお選びください。