浅井七海の卒業公演日が決まりました。
2024年1月31日 です。
AKB48の中で私自身が「この子は推しメン」と認識できるメンバーの残り2本のうちのひとつ。
残る一本は込山榛香のみ。
なんで「本」という助数詞で数えてるのか自分でも分かりにくいのですが、多分私とAKB48を繋ぐアンカーケーブルのイメージなのかもしれません。
今は2本で繋がっているものが、来年の1月末でひとつ切れて残りは一本になるのだと思います。
もし最後の一本が切れたあとは私とAKB48を繋ぐものはなくなってしまうと思います。
それまでに新しいケーブルが張られるといいとは思いますが、それは探して見つかるものでもないのでどうしようもないです。
私はパフォーマンス至上主義者ですから、公演パフォーマンスの良い子はみんな好きです。
坂川陽香をはじめ、橋本陽菜とか倉野尾とか山内も良いですよね。
でもそれと「推しメン」というメンバーはちょっと違う。
私はそのひとの人間性が見えないと感情移入ができない人間なので、ダンスが踊れるとか歌が上手いとか可愛いとかでは"いいな"とは思うけれども、推しメン、というのとは違う感じです。
私は本当にチョロい奴なのでメンバーと直接話をすればかなり感情は引っ張られてしまいます。それを分かってるから接触イベントには積極的には行きません。
1 on 1の会話でなくとも、公演のステージのパフォーマンスから「あ、この子はこういう子なんだな」と感じることがあって、その波長というかパルス的なものを何度も浴びることで自分の感情がその子に染まっていくというイメージですね。
そういったものをステージで見せてくれる人が私にとっての「高パフォーマンスなメンバー」だと言えるかもしれません。
だから自分がその子を「推しメン」と感じるまでにはすごく時間がかかります。
きっかけ、というものは特になくてただなんとなくいつの間にか、という感じで。
込山なんて完全にそうですね。
込山のチームの公演は本当に何度も見たので、彼女の動きの綺麗さに気付いて、表情の作り方を知っていき、普段はテキトーにへへへと笑う感じなのに妙に激しく熱い部分があったりで、そうやって私の中で込山榛香という人物像が徐々にできていく。
そうやって自分が見て感じ、醸成された彼女の姿を愛せるのなら、その人は私の推しメンということなのでしょう。
浅井七海もそのひとり。
彼女はAKB48の中に自分自身の伸び代を見つけられなくなったからAKB48を辞める、と説明しました。
私は、そんな悲観的に自分の未来を客観視しなくても良いんじゃないかとは思います。
チャンスにはタイミングがありますから、自分がいくら走って追い求めても近づいてきてくれないことも多いです。
だから力を蓄えて待つ、ということをしても良いんじゃないかとも感じます。
けれど彼女は待つ時間を持たずに、自ら進むことを選択したようです。
優しくて、厳しくて、楽しくて、満足しない、浅井七海らしい判断かもしれないなと感じます。
彼女は愛されることよりも、愛することを求める価値観なのでしょう。
一方的に愛されることに溺れることなく、キチンと自分が他者を愛し与えていくことを是とするのだと思います。
だから自分のファンに一方的に愛してもらえるAKB48という場所にはもういられないと考えるのでしょう。
私は彼女の姿をもっと見ていたかったです。
彼女の歌声をもっと聞いていたかったです。
けれどそれは彼女らしい。
私はそんな浅井七海を素敵な人だと思う。
来月からAKB48は新しい公演を始めるらしいから、浅井七海の卒業公演はその新しい公演で行われると信じて、
私は来年の1月31日の公演を初めての公演応募にしようと思います。
それが私と浅井七海の初めてで最後の約束。
彼女は知らない一方的な約束。
自分が彼女を好きだったことの証し。
そうやって推しメンの卒業を刻んで行くしかできない、その他大勢のファンのひとりです。