あの時、僕らは何もできなかった。
ただ去ってゆく彼女に「この空はつながっている」と信じてそれぞれの場所から
私も大好きです、と
ありがとう、と
祈るしかなかった。
そして高倉萌香を直接見ることはできなくなった。
その後、TVのオーディション番組に出ていたのは知っている。気にはなっていたけれど番組自体は見ていなかった。
確か、別の誰かが優勝していたと思う。
高倉萌香は僕らの前から完全にいなくなった。
そして今日、高倉萌香の復帰宣言。
色々考えていたのだと思います。
未だに卒業公演が中止になったこと感謝が伝えられなかったことを悔いているらしいです。
多分、その想いは彼女の中でゴロゴロという無視できない音をたてながら転がり続けていたのでしょう。
そのデコボコで丸くない想いはあちこちに方向を変えながら転がっていましたが、
あの日、ある場所で止まったのでしょう。
中井りか卒業コンサート。
萌香が現れた瞬間の会場に巻き起こった熱狂に近いどよめき。
中井が萌香に話題を振った時の観客の凄まじい歓声。
彼女は色々と考えていたのだと思います。
ですが、きっとあれが直接のトリガー。
僕らが高倉萌香をずっと待っていた、ということを萌香自身が事実として知ったあの瞬間。
そこから彼女の想いは不規則に転がることをやめ、ひとつの方向に転がっていったのだと思います。
ゴロゴロと鳴る音は以前よりもさらに大きくなって。
あれも中井りかが僕らに遺した大きな仕事のひとつだと思います。 中井、本当にありがとうね。
高倉萌香が帰ってくる。
空を見上げるしかなかった僕らを隔てた果てしない量の空気は、ほんの数メートルかそれ以下になるのかもしれません。
待っていた。
本当に、ずっと。
あの時に僕らに萌香が遺した言葉、
が、今度は僕らの言葉になる。
