「さすが!」
会場にいた須田亜香里推しでない観客の方々、
見て頂けたでしょうか。これが須田亜香里です。
理解してもらえたと思います。
これが、我々が推す、
須田亜香里という女性、です。
リーディングシアター「恋工場」。
完全に、想像と違いました。
こんなに良いイベントだとは思っていませんでした。
通常の朗読ライブは、
読み手が椅子に座ったりで、動かずにシナリオを読み聞かせるものがほとんどです。
これは、逆に読み手がひとつの場所に留まらず、移動しながらシナリオを読み上げ、男性のセリフはスピーカーから男性の声がする、という珍しいやり方。
移動せずにじっくり読んだ方が、そのストーリー自体は客に入りやすいと思います。
この「舞台」は、どちらかというと、ひとり舞台の「劇」に近いものでした。
私はほぼ、モニターは見ませんでした。
座った座席は、Dブロック2列9番、という中央ステージにとても近い場所でしたので、細く曲がったステージの一方の端はほぼ後方になっていましたが、
それでも振り返ってメンバーの姿を直接見ました。
それは、「ライブ」だからです。
このライブはバイオリンの生演奏がありました。
BGMなど、録音で良いという意見もあるかもしれません。
でもそれだったら、メンバーが直接会場でシナリオを読む、ということの意味自体が薄れてしまいます。
単に、録画して編集し演出を加えたものを、会場でモニターに映せばいい、となってしまうでしょう。
ライブ、とは、 自分の目で見、自分の耳で聞く。
それに意味があると思っています。
それだからこそ感じる、というものがあるはずです。
この「舞台」を演じた5人のアクトレス。
須田亜香里。 藤田奈那。 白間美留。 北澤早紀。 北川綾巴。
それぞれが素晴らしかった。
他の部を見ていないので、それらがどうだったのかは分かりません。
ですが、
この回が、この23日の舞台が、「最高だった」と信じられるほどの出来栄えだったと思います。
5人が5人、本当に素晴らしかった。
5人で作った、最高の舞台。
お世辞は一切ありません。
本当に、良かった。
北川 綾巴 。

5人の先鋒として舞台に上がった綾巴。
その台詞には、あまり強い抑揚はありません。
ですが、それが全くマイナスの印象にならないのが不思議でした。
「この子は、こういうふうに話す子なんだ」と、聴く者を納得させる、その不思議な空気感。
トップバッターというプレッシャーと緊張があったはずです。
ですが、そんなものを微塵も感じさせない、堂々たるその「演技」。
5人が掛け合うパートでは、ぶっきらぼうな言葉使いのいちばん若い役を担当しましたが、その役が「合ってる」と感じさせるほど、綾巴はその役に溶け込んでいました。
北澤 早紀 。

私は今まで北澤のことをよく知りませんでした。
初めて、北澤を意識して「見た」と思います。
すごく良かったです。 こんなにちゃんと台詞が言える子だったんですね。
正直、最初はかなり緊張している様子がありありでした。
それは途中から薄れていったものの、最後まで消えることはなく、本人にとっては万全の出来ではなかったかもしれません。
ですが、それを考慮せずともその出来は合格点です。
私と同じように、北澤を良く知らぬ者へのアピールは十分だったのではないでしょうか。
本当に良かったです。
私もちょっと北澤に興味を持ちました。
白間 美留 。

とても嬉しそうな笑顔を絶やさずに演じていた白間は、とても印象的でした。
関西弁が出ることもなく、完全に、舞台に上がる「女優」として演じ切った白間。
なるほど。
渡辺のポジションに自分が入ってNMBを引っ張る、という宣言をした白間。今日の舞台はその言葉に対して不足なし、です。
ただ単に台詞を読んでいるんじゃなく、ちゃんと役に入っている。 きちんと台詞の間を取って、話の流れを作っていた。
本当に楽しそうにやっていた白間。
その表情、その声。
伝わる。 感じる。
白間はちゃんと観客を、その舞台の世界に引き込んでいきました。
藤田 奈那 。

この舞台を支えた、藤田。
その、過去の舞台の経験は存分に生かされていたと思います。
舞台女優、という切り口なら、5人の中では藤田が最も長けています。
発声、表情、間。
観客に、見せる、聞かせる、ということができています。
そして、その堂々とした立ち姿。
その出来栄えは、素人の私にああだこうだと言わせるものではなかったです。
素晴らしかったです。
須田 亜香里 。

須田の演技には、ひとつの特徴があることが分かりました。
周りを、見ない。
須田は、自分の世界をつくる。
他の4人は、自分以外の者の台詞の時には、シナリオを追いながらその演者の姿を確認します。
だが、須田は他の演者を見ない。 ずっと、シナリオを追ったまま。
かと思えば、今度はシナリオを全く見ずに、他の演者に正対する。
その舞台に自らが入っていくのではなく、
その舞台を自分の中に取り込んで、自分の中に再構成されたその「世界」を、一気に大きく解き放つ。
悪く言えば、その舞台に自分を合わせることができない、とも言えるでしょう。
その役を演じるのではなく、その世界に須田亜香里を送り込んでいきます。
その、圧倒的な存在感。
須田が表現する、現実と架空の狭間に構成される世界観。
そう、
須田は、その舞台にも、それを見る観客にも、入っていくということをしない。
自分の中にそれらを取り込んで、爆発的に吐き出す。
そこから生まれるその圧倒的な力。
それが、須田亜香里。
これが、須田の舞台。
須田は、「見られる」ということを最大限に意識していると思います。
その場に立つときの、その重心の置き方。
振り返るときの、身体を回す速さと順序。
それらが生み出す、「須田亜香里」というその存在。
会場にいらした、他の4人を推すファンの方々、
見て頂けたでしょうか。
須田には、色々なイメージがあると思います。
もしかするとネガティブなものをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、この舞台で見て頂いた、この姿。
これが、須田亜香里です。
本当に誇らしいです。
私は、最後の「お見送り」で、この思いを一言に詰め込んで須田に伝えました。
さすが!
それを聞いてくれた須田は、いつもの満面の笑みで一言で返してくれました。
ありがとう!
会場にいらしたみなさん、見て頂けましたか。
これが、私が須田を推す理由です。