季節が、変わるように | ~ 48Gの地平線 ~ Project No.1024

~ 48Gの地平線 ~ Project No.1024

基本的にクソヲタの無駄話です。同じタイトルでYouTubeで48グループについて話をしています。



須田のせいだと思います。



正直、かなり「心の準備」をしてしまったのです。

須田が「辞める」と言い出すのではないか、と。


きっと、それが直接の引き金だと思います。
以前から、少しずつは感じていました。

「AKB48」というものに対する
感じ方 の変化を。


「報われない」というメンバーを
見るのが、辛くなってきました。


人が悲しい思いをしているのを、
悔しくて泣いているのを、
見ること自体が楽しいはずがないのです。



正直、この娘がブレイクして前列に立つことはないだろうな、


感じてしまっているメンバーはいるのです。

私はそのメンバーの良さを知っているつもり。
そのメンバーが頑張っているのを知っているつもり。

だから、応援しています。

でも、
例えばAKBでも、HKTでも、

前に立てる人数には限りがあります。

そして、中央に立てるメンバーというのは、
最初から決まっているのです。

それは、そのメンバーが研究生として入ったその時に
もう決まっているのです。

それは運営が「決めている」のではありません。
運営は、そういう娘を判別できるから
その娘を真ん中に立たせるのです。

唯一の例外が 指原 で、
彼女は自分の力でのし上がった稀有な例です。

だからこそ、彼女は人を惹き付けるし、
メンバーから「さっしー」として認められ、
憧憬の対象にもなるのでしょう。

でもそれは、「例外」。

誰もが、頑張れば一位になれるわけではありません。

だからこそ、
それだからこそ、

たかみな は「報われる」と、

「報われてほしい」 と言うのでしょう。


それは、


報われない、ということを知っているから、なのです。



本当に申し訳ないのですが、

この娘は頑張っている。
がんばっている、  けれど。

と感じてしまうメンバーがいるのは事実です。


そしてそれは、
そのひと自身が
こころのどこかで感じているであろう
と思います。


そこで あきらめるか

それでも やるか。


たかみな は、わかっているからこそ、
あきらめないでほしい、
やるしかない、 頑張るしかない、
と、 言い続けるのでしょう。



それを見るのが、辛くなってきたんです。

それはそのまま
「AKB48」 を見るのがつらい、 ということです。


あまりに、彼女たちが愛おしすぎて、
あまりにも、近づきすぎてしまったのかもしれません。


だって、

報われてほしいじゃないですか。

前列で、 中央で、 歌ってほしいじゃないですか。


そうおもいますよ。

ほんとうに、そうおもう。


それが、だいぶ 「つらい」 とかんじるようになってきたのです。



春は夏になり、夏は秋になるように。


夏が良くて、冬が良くない、というものではないように
私のAKBに対する思いは薄れたのではないと思います。

木々の色が緑から黄色に変わるように
色が変わっただけだと思います。

桜の木は、薄紅色であっても、緑であっても、葉がなくなっていても、 桜であるように、です。


自分が、AKBのファンでなくなるときをリアルに想像したことで、

知っていたことを、はっきりと認めた、というだけかもしれません。

そしてそれを認めてしまったことで、

メンバーががんばっているのを見るのがつらい、
と感じるようになってきてしまった部分ができてしまいました。


きっと、彼女たちは

明日も、 この瞬間も、 耐えながら前を見るのでしょう。


それを 遠くから見ることしかできない
ファンというものは、
なんと寂しいものなのでしょう。


だからこそ、見るしかないのでしょう。


AKB48 とは、なんと悲しいものがたりなのでしょう。


それでも、見る。

だからこそ、見る。


遠くから、 伝えたいそのひとに届かないことが分かっていても

力の限り そのひとの名を叫ぶ。



そういうものなのでしょうね。