自公連立政権は1999年に成立。2009年で一度途切れ、2012年再度連立政権が成立。
この連立政権は、戦後の政治史を見た場合1990年代以降の自民党を権力の座につける上で重要な役割を果たした。
 「平和の党」をキャッチフレーズにしていた公明党の政治姿勢は、どちらかというとリベラル的傾向であったが、自民党右派である安倍とも連立を組んだのは、権力のうまみに惑わされたと思う。
ただ、このあたりの政治信条との食い違いを糺さず、連立を続けたことが党勢の後退につながった要因の一つだろうと考える。
 自民党とって、高市の総裁当選は、党内権力闘争の結果であって、資本や時代の要請を反映したものとは言えない。
 自民党の衰退は、1990年代に始まったように見える。1990年代は自民党の単独政権の終焉の時期である。1993年8月、細川内閣が8党派連立政権で誕生し、自民党下野した。これは、55年体制の崩壊と言われ、1991年のソ連邦の崩壊と無関係ではない。
 55年体制とは保守合同で自由民主党が誕生し、左右社会党が統一した年であった。保革二党が対立しつつも、自民党の単独政権が政治の枠組みとして形成された。この55年体制は、戦後世界秩序たる米ソの対立と依存の関係を強く反映したものであった。同時にそれは、戦後日本がアメリカの世界戦略に組み込まれていることの反映でもあった。
 戦後世界秩序=米ソの対立と依存の関係は、労働者階級の政治的独立を阻害する役割を果たしてきた。それこそが秩序の根幹であった。その秩序はしかし絶えず労働者民衆の叛乱を引き起こした。東側でも西側でも。戦後の歴史を振り返ってみればすぐに分かるほどである。
 91年のソ連邦崩壊によって、戦後世界秩序は崩壊過程に突入し、混迷が始まり深まってきている。1990年代に自民党の単独政権が終わり(1993年)、社会党も1996年に解散し社会民主党に代わる。ここに戦後世界秩序の日本版としての55年体制が消滅したのである。
 それは、日本だけではなく世界にも及んでいることはいうまでもない。米国も旧ソ連たるロシアも同様である。ロシアは存在そのものが戦後秩序崩壊状況を表現している。
世界秩序を再構築することは、革命勢力以外には不可能だろう。世界は破壊の方向に向かって進行している。なぜなら、革命勢力が登場していないからである。
 戦後世界秩序は、米ソの対立と依存だけで語ることは不十分である。
 第2次世界大戦という資本主義の最大の=滅亡の危機に直面した資本主義は、ソ連・スターリンによって救われた。
ソ連邦・コミンテルンは、資本主義打倒し社会主義社会の実現を目指していたが、スターリンによって支配されたソ連邦とコミンテルンは、国際革命の任務をソ連防衛の任務に替えてしまった。これは、裏切り行為であり国際プロレタリアートに対する背信行為であり、それによって社会主義革命の絶好の好機を潰し、資本主義を死の危機から救った。スターリンは、ヒットラーの登場=権力獲得を助け、また、その攻撃を多大の犠牲を出しながら撃退し戦況を大きく変え、民主的資本主義を守ったのである。第2次大戦は、ファシズムに対する民主的資本主義の勝利と呼ばれるが、社会主義勢力の重大な敗北が欠かすことの出来ない条件であった。 
 つまり、戦後世界秩序は、米ソの対立と依存だけでなく、民主的資本主義の秩序として形成されたのである。だから、戦後世界秩序の崩壊は、民主的資本主義の終焉の危機を意味する。91年以降はその過程である。それ故、民主的資本主義に代わって、強権的・ファッショ的政党すなわち、極右政党が勢力を拡大し、民主的資本主義諸国において権力を握ろうとしている。いやすでにアメリカではトランプが握っている。日本でも自民党高市が首相になるかも知れない状況。
 ここで、もう一つテーマが出てくる。何故、民主的資本主義は衰退したのか、である。
 さらに、左翼・マルクス主義勢力は、いかなる状態にいるのだろうか。スターリンの革命に対する背信行為を克服し得たのか、ないのか。
 これらのテーマは、自公連立成立とその解消と密接な関係にある。これらの点については次回。