週末は由比ヶ浜にある
OSHOアートユニティに行って来ました

ここはオーラソーマのクラスの他に
瞑想やワークを通して
本当の自分を見つけることを
導きサポートしてくれるスペース



私はこの場所での出会いから
自分自身の大きな変容を経験し
人生がググッと楽しくなりましたアップ
いまや心のふるさと
大好きな愛のスペースですラブラブ


お昼休みは海岸をお散歩
これも由比ヶ浜ならでは
いつも美しい貝殻やシーグラス集めが楽しみ
この日は魔法の杖も拾いました〜ニコニコ



今回は
シンクロニシティの法則
という名のセミナーでした


シンクロニシティとは
心理学者のユングが提唱した
"意味のある偶然の一致"という概念


多分多くの人が経験したことのある
共時性
偶然の一致


私には生涯忘れる事のない
強烈なシンクロニシティの経験があります

それは20年ほど前に
ピンポイントのタイミングと状況で
起こりました

それは更に遡ること30年以上前
私が小学校に入学して間もない頃に
経験した出来事に繋がる
鳥肌の立つようなシンクロニシティでした

その頃はもちろん
エネルギーの法則や
ハートに繋がる瞑想も全く知らず
ただのキョーレツな偶然と思っていましたが

シンクロニシティを学んだいまは

その状況が招かれたのは
私ともう一人の女性の
オープンなハート 正直さと
大いなる導きがそこにあったから
なのかもしれないと感じます



すべては繋がっている

時空を超えて

思考を超えて

この世界では
常にシンクロニシティに満ちているキラキラ



同じ数字やサインを繰り返し見る
思った人から連絡がきた
間に合わないと思った電車に乗れた…

シンクロニシティはそれだけではないのです


人と一緒にいて
温かいものを受け取ったり
歓びを感じる

自分ひとりの寛ぎを
とても心地よく感じる

わからなかったことが
ストンと肚に落ちる

思いもよらない機会に出会う

何かわからないけど
導かれていると感じる

動物に癒やされ
気持ちが通じ合った気がする

道端の名もない花に
目を引かれる

大きな木の下で
呼吸が深くなる

空を見上げたら
気持ちが楽になった

海岸で魔法の杖に丁度いい
流木を拾う(笑)


こんな風に

普段の何気ない日常に
シンクロニシティは起こっている


でも
頭にはシンクロニシティが理解出来ませんアセアセ

だから
ハートで感じるのですドキドキ



起こったことに意識を向けて

価値を与え

感謝する


与えているもの と
受け取っているもの
両方に気づく

生が与えるものを受け取り
信頼と共に開いていく


セミナーでは
この循環を
ハートで体験することができましたドキドキ


いつもいつもなのですが

アートユニティのクラスが終わると
ハートが柔らかく満たされて
境界が溶ける感じ…なのですキラキラ


何が起こっても
どんな時も
この感じ 忘れずにいたいなぁ虹



近所の小児科の先生が亡くなったと聞いた。小児科医院にほど近いご飯屋さんの女将が、その突然の出来事をSNSで綴っているのを見て知った。


うちのふたりの子は幼い頃からその町医者と呼ぶに相応しい小児科にずっとお世話になってきた。先生は母親たちにはぶっきらぼうで厳しめ。ご機嫌が悪そうな時もあり、電話をかけるといつも先生が直接出るのでどきどきした。小さな診療室には疲れた様子など見せずいつも綺麗にしている奥様がいて、先生が彼女にあたっても変わらぬ優しさでいてくれるのが安らぎだった。さほど忙しそうではない時はにこにこと優しい言葉もかけてくれる先生だった。長男はよく熱を出してその度に駆け込んでいたが、こうやってよく熱を出す子は丈夫になるから大丈夫だよ と言って頂いた事を20年以上経った今も覚えている。



今でこそちょっと位の熱だったら家での手当てで何とかなると思えるけれど、あの頃の私は母親としていっぱいいっぱいで全く余裕など無く、誰かにすがりたかったのかもしれないなぁと気がついた。そのために息子は熱を出してくれたのかもしれない。大人の都合など構わず熱を出す子をちょっとイラつきながら先生の所へ連れて行き、お決まりの診察を受け、大丈夫だよという言葉とオレンジ味の薬を貰ってくる。それがどれほど救いになっていたかと思うと泣けてくる。当時の私はその事に気づかず感謝することもしていなかった。自分の大変さしか見ようとしていなかった。


人と人との関わりは不思議だ。嬉しいことも辛いことも腹の立つことも、そして何気ない出来事さえすべては必然で、何かの糸で何処かで繋がっている。日々の暮らしの一つひとつに感謝することの意味を教えて貰った気がする。そして誤解を恐れずに言えば、人は肉体を離れる時でさえ意図せずに何かしらのギフト深いレベルの奉仕を残していくのかもしれないと思う出来事だった。


先生、最期までありがとうございました。

合掌





最近のお楽しみ YouTube
コロナのお陰か
チャンネルがバラエティに富んでいて
ジャンルに拘りなく
色々けっこー楽しい音譜

がくちゃん とかラブ
キュン様 とかドクロ
わかばと飼育員お兄さん とか🐦
せやろがいおじさん とかゲラゲラ
スピ系 とか天使
フラ とか〜🌺




先日
胎内記憶の池川先生が

胎内記憶を持つ全ての子どもたちが
人の役に立つために生まれてくる
と言うんですよね…

とお話しされていました


そうなんだーーービックリマーク

すごいなぁーーキラキラ




さてここで
真面目な市民は考えるわけです

わたしが人の役に立つための
お役目は何なのだろうはてなマーク



数年前にちょっと流行った言葉

お役目

わたしも暫く
この言葉に捉われていました

なんかかっこいいじゃないですか〜キラキラ


でもね

これトラップだって気が付いたの

あくまで
わたしの場合なんだけど


お役目を果たすために
べきことを探しちゃうのよね

もうその時点でアウトだよねあせる

そして上手くいかず
迷路にはまり込む
の繰り返し…ガーン

自分のお役目を
なかなかはっきりと自覚できないことに

がっかりしたり

ダメ出ししたり



重た〜いエネルギーだよねガーンショック


だから
わたしがそうなってしまいがちな情報は
遠巻きに見る
または遠ざかることにしました


情報は単に情報であって

これはわたしの受け取り方
はまりがちなパターンの問題です


今生まれて来てる子たちは
最初から自分の使命がわかってる
とも聞きます

そもそもが 違う…ねー


お役目に関しては

のちのち人から言われて
そうなのかもね〜ほっこり

くらいのスタンスでいることにしましたひらめき電球



もうひとつ
人の役に立つ行為で気になっていること


誰かの役に立ちたいという欲求は
多くの人がもっている

それ自体は良くも悪くもないのですが

役に立つことこそが存在意義
という刷り込みがあるのも確か


わたしのまわりにも
お役に立ちたいと思っている
心優しい人が
たくさんいるけど

実は時々見ていて
苦しく感じちゃうこともあるのです


自分の気持ちや肉体を置き去りにして
他者のために頑張る💪

仕事として

家族として

頑張らなきゃならない時があることはわかる

わたしとて
前職の時は色んなものに蓋して
必死だったし
子育て すごく頑張ったし
高齢の父のことも
出来る事はやろうと思ってます


人の役に立つ事で
すごく達成感や自己肯定感を
感じる人たちの多くが
自分を甘やかすことや
自分をしっかりケアすることが
得意じゃなかったりする

それは他者を見ていて
気がついたこと

自分を省みて

自分自身を置き去りにして
肩書きをちゃんとやるために
頑張っちゃったツケが

今すごく
カラダにきてる気がするのぼけー


たいしたことない とか

当たり前 とか

仮にそう思ってたとしても

誰かとと比べてまだ出来てない
(意味わからない比較だねー)
と考えてたとしても


あんなことも こんなことも
頑張り続けている自分に

まず気づこうと思った

カラダの痛みをすぐに
薬や治療でねじ伏せようとする前に
痛いカラダと共にいて
手当てをしたり
今日はどんな感じはてなマークって聞いたりして
その変化を観察してる


そして

ありがとう って伝えて

大切にしよう って思ってる


まだまだ自由に遊びたいからねー音譜



この先は妄想なんだけど(笑)

もしこの気持ちが拡大したら

それだけで

愛の存在 でいられるんじゃないかな〜ドキドキ


存在自体が 愛 ってすごいよねキラキラ



何をするか ではなく

どうあるか

言葉としての理解ではなく

体現していきたいドキドキ


旅はまだまだ続くよ〜虹