昭和生まれのチャレンジ日記 -28ページ目

田園調布雙葉

剣道部にいた頃菅平で夏季合宿がありました。剣道の稽古のほかにランニングなどのトレーニングがありとても厳しく悲惨でした。唯一の憩いの時間は同じ体育館で田園調布雙葉のバスケット部が合宿で練習していて特にナンパとかはできないのですが一緒の体育館で練習するだけで幸せな気分でした。男子校なので女性に免疫がなく女高生に笑顔で挨拶されるとドギマギして引き攣った笑顔で返していました。側を通る時もいい香りがしていて憧れたものです。高校の時は女性に縁がなく純情でしたがその後女だらけの職場に勤めるなんて不思議なものですね。

 

 

 

 

 

 

1964年の記憶 目白の喫茶店

目白駅の近くの喫茶店は「田中屋」「ボストン」が繁盛していましたが両方とも大学生が多くて落ち着きませんでした。高校のころは静かな「志むら」によく行っていました。ボストンは火事で閉店、田中屋はリカーショップになっているそうです。志むらは和菓子中心の甘味処のイメージで昔の面影はなくなっているみたいですが今でも頑張って営業しているようなので嬉しく思います。

 

 

 

 

 

 

1964年の思い出 学校帰りの書店街 神保町 

学校帰りに国鉄の御茶ノ水で降りて神保町の書店街をよく歩きました。時間があれば古本屋をじっくり見て周りますがあまり時間の余裕がなければ三省堂と書泉でいろいろ本を探しました。参考書を買うと言っては小遣いをもらって本屋のはしごです。どちらか忘れましたが洋書もたくさん置いてありカラフルな洋書に憧れました。その他に立ち寄るのは喫茶店、御茶ノ水の駅に近い喫茶店や神保町の喫茶店はよく行きましたがどんな店だったかはよく覚えていません。道草ついでに寄っていたのは「洋弓場」三省堂の近くにあったと思いますが今は無くなっているのでしょうね。その他には小川町のMIZUNOやミナミスポーツもよく見に行きました。初めて買ったスキー板ヤマハのノービスもミナミスポーツで買いました。東京を離れて53年も経ちますが最近良く昔のことを思い出します。