おはようございます。


私の市の生活福祉課の窓口の方


私が高齢の両親に会いに行きたいので同行援護サービスの時間を増やして欲しいとお願いをしたところ


相談支援員さんの電話口を通して、実家に帰るには理由が必要


と言う回答をされました。



その理由と言うのが


両親が危篤なので帰りたいとか両親が病気なのでお見舞いに行きたいとかならば一時的に時間数を増やす事は可能です


と言う事でした。



また


実家に帰って(私が引っ越しをして)両親の側に行く事はできないのか?みたいな事まで福祉課の人からも支援員さんを通して言われました。


80も近い高齢の両親のいる実家に帰って障害者の私の面倒を見ろと?


それこそそんな事ができる訳もないし、両親だっていつまで元気かも分からないのに私が引っ越しをしてまで両親の側に行く理由こそないと思いました。



その事を相談員さんの電話口を通して聞いたのですが、福祉課の人も相談支援員さんも利用者(私)の目の前でよくそんな理不尽な事が平気で言えるなぁ、と思いました。


そんな事を言われた利用者が納得するとでも思って言っているのでしょうか?


そこのところの本意を一度聞いてみたいと思いました。


私たち視覚障害者は、同行援護サービスを使わなかったら自分の好きなタイミングで好きな場所に行けるわけではないんです。


その事を分かっていて福祉課の人も相談員さんも利用者にそんな理不尽な理由を突きつけるのでしょうか?


だいたい親に会いに行くのに理由なんて必要だと思いますか?


自分たちだって両親に会いに行く時に理由なんてないと思うんです。


もしも自分の息子や娘が私と同じ理由で会いに行けないと言われたらどんな気持ちがするのか自分の立場になっては考えられないのかも知れませんね。


お腹が空いたからご飯を食べるように、両親に会いたいから実家に帰りたいのであってそれ以上の理由なんて必要ないし


理由があってもそれを行政に説明してお願いしてまで同行援護の時間を増やして貰う必要なんてないと私は思っています。


視覚障害者が自由に外出したい事をなぜ行政は理不尽な理由をつけて拒むのでしょうね。


見えない人は必要以上に実家なんて帰らなくてもいいと思っているのでしょうか?


多分、そう聞いたらそんな事はないと言うとは思いますが


でも実際行政が言っていることってそう言う事なんですよね。


なぜあなたはご飯を食べるのですか?と聞かれているみたいに


なぜあなたは実家に帰りたいのですか?と聞かれているみたいです。


自分が聞かれても答えられないような事を平気で障害者の私には言うような人は福祉の仕事に就てはいけないと思います。


ルールはルールで理解できるのですが、でもそのルールでももっとものの言い方って言うものがあると私は思うんですけどね。


私(利用者)が納得できないようなルールをいくら説明されてもできない理由を説明することしかできないのであれば聞くだけ無駄です。


昨日のコメントにも書いてありましたが


今回は私の同行援護サービスの時間が増やして貰えなかった事に対して文句が言いたいのではなく


私が言いたかったのは、利用者の希望・要望の相談に乗ってくれない相談支援員さんや福祉課の人は必要ない、と言う事が言いたかったのです。


人の立場や気持を尊重して寄り添えない人は必要ではありません。


むしろ邪魔だと思います。


ただ


文句ばかり言っていても話は進まないのでそうではなくて


利用者の相談をしっかりと聞いてくれて利用者に寄り添ってくれるような福祉の世界になるように小さな石でも一石投じてなにか小さな爪痕でも残せればと思っています。