筑波技術大学元学長、大沼直紀先生のことを書いておきます | 耳鼻科医として、ときどき小児科医として

耳鼻科医として、ときどき小児科医として

以前にアメブロで書いていましたが、一時移籍し、再度ここに復活しました。専門の耳鼻咽喉科医としての記事を中心に、ときにサブスペシャリティな小児科診療のこともときに書いていきます。

 

 

聴覚関係の専門家ならば、筑波技術大学の元学長、大沼直紀先生を知らない人はいないでしょう。僕と大沼先生も、いろいろなところで接点があり、その大沼先生のことを書いておきます。

 

はじめて会ったのは宮城県立ろう学校でです。上記記事にあるように、大沼先生は、東北大学(学部は違うが自分の先輩です)を卒業し、宮城県立ろう学校の教師になりました。僕の知り合いろう者でも、大沼先生の教え子という人が何人もいました。自分がはじめてあったときは、ろう学校の先生ではなく、宮城県に講演に来ていたのです。そのテーマが、「筑波技術短期大学のこと」でした。筑波にできる、視覚障害ならびに聴覚障害学生専門の大学、これが筑波技術短期大学です。その設立に大沼先生がかかわり、ろう学校から依頼されて講演に来たようです。この筑波技術短期大学が、4年制になり、現在の筑波技術大学になりました。その後、大沼先生はここの学長になっています。

 

大沼先生は医師ではありませんが、補聴器や聴覚のスペシャリストです。このため、耳鼻科医ともすご関わりのある先生です。僕自身も聴覚系が専門なので、大沼先生とは聴覚医学会などを通して、接点がありました。

 

実はもう一つ個人的な接点があります。大沼先生の姉が小児科医なのですが、当院の小児科非常勤医なのです。名字が違うので、言われるまで気づかなかったのですが、「うちの兄知ってる?」と言われたのが、大沼先生のことであり、聴覚を専門にしている自分としては驚きました。

 

最近は、電話リレーサービス設立に奮闘し、そのトップとして電話リレーサービスの普及に尽力しています。高齢ですが、今も衰えることなく、いろいろなところで活躍しています。