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寺方提灯踊り

寺方地区

木版画同好会「ばれんの会」

高松真澄

 

守口市の郷土芸能であり、発祥年代は定かではない。昔は一子相伝、世継者のみで門外不出といわれ、虫送りの神事から生じたと考えられる。文化、文政の頃(1804~30年)から盛んとなり、河内音頭や江州音頭に合せ太鼓を用いた囃子、提灯を片手に持つ独特な踊りは他に類のない珍しいもの。

 

守口市の東南に位置する寺方地区には、古くから寺方提灯踊という全国にも珍らしい踊りがあります。寺方提灯踊は江戸時代の文化・文政の頃、今から190年余り前にはすでに盆の8月には踊られていたと文献にしるされています。踊りは一子相伝と申しまして、家督相続者だけに伝えられ、他村にもれる事を恐れ、納屋のすみなどで踊られた、秘伝伝授の踊りとされていました。一説では、寺方地区を初めとする12ヶ村は湿地地帯で排水が悪く、蹂雨でも田畑が冠水して、常に水害に悩まされ悪水樋を設けるため幕府に嘆願しましたが、下流村々から猛反対のため認められず、庄屋喜左衛門は寛永11年(1634年)意を決して樋を築き、水害から田畑を救う事にしました。しかし、幕府の命令を無視したと言うことで、翌年2月15日処刑されたのです。この義民の恩と霊を弔うために踊られたのが提灯踊りです。踊りは手踊りで始まり、途中から紅提灯を左手に持ち高くかざしながら乱舞させ、その提灯の灯を消さない所にこの踊りの特徴があります。素手は霊を拝む、または提灯は霊を送ることを表現したものといわれています。昭和47年10月「NHKふるさとの唄まつり」でテレビに紹介されてより、一躍有名になりました。

西村誠

(南寺方中通3丁目)

転載:守口守口市民憲章制定25周年記念木版画集『守口百景』
作成:守口市木版画同好会ばれんの会1998年
テキスト入力:元市民憲章副会長 はまがみ