酒井先生のレビューは、岡田先生の華やかな色相の上に、グレーの紗幕を一層かけたように見える。
グレーは、ローズピンクやベビーブルーなどの甘い色を包んで引き立てる成熟した色。
お衣装の色合いも深みがあって、艶めいた華やかさがある。
ボレロと、風林火山の黒燕尾という出色の2場面を擁し、エレガンスの漂う宝塚屈指のレビューだったと思います。
■エクレールブリアン 華麗なる煌き
主題歌の耳なじみのよさよ! 一回聞いただけで覚えてしまった。
華麗なる煌きの名にふさわしく、メタリックに輝く黒銀の組子達の間に、紅さんとあーちゃんのパールグレイのお衣装が鮮やかに映える。
カマキリのように突出している両肩から垂れるレースのマントも、存在感があって面白い装飾。
舞台を対角線上に使ったり、陣形が螺旋状に広がったり、人の波が複雑に織りあわされて美しい。
皆がはけた後、紅さんがひとり銀橋に腰掛けて歌う アール・ベコーの「ひとり星の上で」
紅さんは、銀橋に腰掛けて客席と対峙する姿がよく似合う。
「ベルリン、わが愛」 でも階段に座るシーンがあったけど、劇場全体を見渡す目つきが愛に満ちていて、その目の先には確かに星空が見えてるんだろうな、と思わせるような夢見るまなざし。
安奈淳さんもこの曲を歌ってらしたけど、この地球の中で孤独に愛を求める僕、というテーマだったと思う。
紅さんが歌うと、この曲は夢の歌になってた。
孤独な漂流ではなく、愛の光を求める新しい船出の歌。
あたたかみと希望を感じさせる、紅さんの「ひとり星の上で」だった。
ゆるやかなメロディーにたゆたうように、一つ一つの言葉を丁寧に歌いあげた紅さん、お芝居のようでした。
■パリ
こっちゃんとひっとんのダンス、言葉を忘れて魅入ってしまった。
こっちゃんの持つ少年性、ひっとんの持つ少女性が繊細にかみあった秀逸なシーン。
風が少女を見る目の穏やかさ、歌声のこの上ない優しさに、胸がぎゅっとなる。
こっちゃんがひっとんを抱きとめたまま、ふうわりと回転するとき、少女のつま先は宙に浮いたまま、スカートの裾だけがかすかに揺れる。
ひっとんが羽のように軽やかで、見えない風がほんとうに見えるよう。
静かな舞台を、二人の身体だけが埋めていく。
この二人のダンスには、だいきほの歌が劇場を染めていくのと同じ余韻を感じる。
身体の詩をつむいでるみたい。
美しい幻想的小品を聞いたような詩情あふれるシーンでした。
■ラテン・・クンバンチェロ
早春が終わってギラギラの夏が来たぜ、というようなラテン部へ突入。
食肉目ネコ科ヒョウ属・星組男役、今行かなくていつ行く!というクンバンチェロ。
顔で踊れ! といわんばかりにエネルギッシュに踊る一方で、ふっと顔を上げて髪を振り払うような仕草とか、無造作な色っぽさがあってどきっとする。
あーちゃん + ピンク + 縦ロール = 万歳
小学校の算数で習った。
可憐なお姫様だけど、胆力があって、どんなときでも胸を張り、挑むようなまなざしで決めるあーちゃんのかっこよさよ。
堂堂たる姿は、女王様の風格。白より黒の似合うあーちゃんの毅然としたかっこよさ、大好きでした。
くらっち・ぴーすけ、極美君のトリオは、ラテンの小粋な余裕があってかっこいいね。
天寿さんの歌うピアソラの「我が死へのバラード」をバックに、紅さん・あーちゃん・こっちゃんの三人のタンゴ。
紅さんの側を艶やかにあーちゃんが身を翻し、こっちゃんが刺すように身をかがめる。
星組のトライアングルは、とにかく華やかで、カクテル光線みたいにあらゆる確度から刺してくる。
天寿さんの歌声が絶品。
語るような力強い歌声、深く響かせる見事なロングトーン、哀愁があってドラマティックで、まさしく大人の男のシャンソニエ。
訳詩も素晴らしい。
三人のために歌う天寿さんが、まるで別れを悼んで慟哭しているようで、胸を衝かれた。
■中詰め
「真珠の首飾りではつなぎとめられない」 からはじまる中詰めの 「The Gift」(Recado Bossa Nova)
あえてバックの演奏は控えめで、組子の歌がメイン。
ほぼ全員同じ歌詞、同じメロディを歌っていて、肉声の強さがぐんぐん迫ってくる面白いラテン。
声が劇場を包んでいく一体感がすごかった。
■「この上なくセクシー」瀬央
瀬央のマシュケナーダ、「がんばれ、せお!」 と客が固唾を呑んで応援しているのが手に取るようにわかる。私も思わず拳をにぎってた。
マシュケナーダの色気は、みりおみたいに、攻めではなく受けな気がする。
せおさんの素晴らしいところは、全力で必死でやってるのが見えることだ。がんばれ!
■星月夜のボレロ
このショーの白眉。
ほのかに差し込む光で照らされる舞台は、星月夜のよう。
静寂の中に靴音が重なり、哀しげな弦の先導で、影が現れる。
舞台横向きにすえられた階段の上に、ボレロの男達のシルエットが朧に浮かび、ゆっくりと下方へと通りすぎていく。
スペインギターの丸みを帯びた音色でボレロが流れ始めると、カスタネットとバイオリンのピチカートが歩みを促す。
娘役がスカートを音もなく翻しながら、風の波のように駆けゆけば、男役は堅牢な胸を張り、地の柱となって腕を鳴らす。
冥みを帯びたオリーブグリーン、輝く翡翠色、ピスタチオの若緑、舞台一面に放射状に伸びる色の帯が幾重にもたなびいて、大きな輪となって渦巻いていく。
光の陰影によって濃淡を変える翠の階層があまりにも美しくて、巨大な孔雀がまどろみから目をさましていくように見える。
階段が旋回し、幻想的なコラールが重なると、乳白色の階段の上に、濃い森の碧をまとって紅さんが現れる。
頭を反らし、しなやかな腕を広げ、膝まづく組子たちが花弁状に重なる。
劇場を覆う張り詰めた緊張感が、すべて紅さんの上に降り注ぐのがわかる。
その中をひとり、紅さんが階段を上がっていく。
ここではないどこかに旅立つような、幽玄な幕引き。
整然として、神気に満ちていて、舞台がまるごと一匹の生き物みたいだった。
人海戦術の凄みと、立体的な舞台転換、個々のパフォーマーの集中力が研ぎ澄まされた、ダンスとアートの中間にあるような場面。
あまりにも見事な、宝塚史上に残るであろう珠玉のシーンでした。
■That’s life
ニューヨークをイメージした、オールディーズ風の曲をムーディーに。
張り詰めた雰囲気から、一転、くつろいだ甘やかな音楽になってほっとする。
れんたとまおさんが、さすがの上級生男役の余裕のあるたたずまいを見せてくれて涙。
みつるの男くさいダンディーな色気、やっぱりいいなあ。
なつさんとあんるさんのアダルトな色気も華を添えていて、とても大人なショーシーン。
■フィナーレ:至高のきらめき
大階段が登場したら、羽衣装+極楽鳥達の妖艶なシーン。
極楽鳥はぴーすけと極美君の女装美あり。
このレビュー、本当に全部ぶっこんでくる。
おなじみの倒錯美のシーンも、世界観があって品があるとこんなに見ごたえがあるということに改めて驚いた。
こっちゃんwith若手男役のSV全ツのアイドル衣装 (戦隊もの風味)にも、なぜかキジ羽根を生やして、ジャジーに歌わせる。嗚呼、寶塚。
羽根が本体で、体は備品です、といわんばかりの羽根のキレキレの揺らしっぷりと、皆様のきりりとした面構え、大変よろしゅうございました。
■大階段 風林火山-月 冴ゆ夜
張り詰めた三味線の音色がまろやかに響くと、寂として紅ゆずるが立つ。
「私はダンスが下手ですが気持ちは誰にも負けません。退団のときは先生の振付けでやめたいのです」 と直訴した紅さんに、羽山先生が選んだ曲は、千住明作曲 上妻宏光演奏「風林火山-月冴ゆ夜」。
哀愁のある三味線の音の世界と、幽玄な大階段黒燕尾の視覚イメージが見事にシンクロした傑作でした。
大階段で舞う紅さんの傍らを、天翔る速さで右へ左へと娘役が舞い降りてくる様は散る淡桜のように玄妙で、その中を一人歩む紅さんの伸ばされた背筋には 「私にできることをやりとげてみせる」 という矜持が見えるよう。
飾りのない黒燕尾で、ひとつひとつ、かみ締めるかのように舞う紅さんの姿は、今までのすべての時間をいとおしみ、今の時間をいとおしんでいるように見えた。
とても端整な美だった。
エレキギターが静謐な空間を鮮烈に断ち切ると、大階段総並びで男役群舞が始まる。
かけ声も勇ましく、軽やかに疾走していく三味線の旋律を、雄雄しいダンスが追いかける。
すくい、すりあげ、珠をころがすような幻想的な三味線の音色が、黒燕尾の神聖さを引き立てている。
三味線の拍子と拍子の間のタメが、黒燕尾のポーズのキメにぴしりぴしりとはまってぞくりとする。
この群舞は、面で見せる踊りだと思った。
肩を傾け、足を開き、わずかに位相をずらしながらも、客へ向ける面がぴたりと揃う。
上妻先生がMAHOROBAで音楽を担当されたとき、三味線をわざわざ何十丁も重ねて多重録音していて、「他人だと微妙にずれるその差が、音の厚みになる」 と語っていた記事を拝見した。
三味線の音のかすかな揺らぎや、群舞のほんのわずかのタイミングのずれや位置の差異が、全体としての厚みになって圧倒される。
エレキギターが地唄のように唸りあげると、はじき返すように三味線が呼応する。
拮抗する掛け合いの見事なリズムに惚れ惚れしていると、れんたとまおさんが紅さんと腕を組んで笑って踊っていて、凄さに放心していた頭が、幸せと悲しさとよくわからないもんでぐちゃぐちゃになってしまった。
音楽・芸能という地上の美、タカラジェンヌという人間の美、そこに時間が溶け込んで、三昧の境地すら感じた至高の黒燕尾だった。放心。
■フィナーレ
こっちが水に戻しすぎたお麩みたいにふにゃふにゃになってると、エクレールブリアンのジャズアレンジとレイマコトの深夜ボイスが始まって、全く違う雰囲気で驚く。このショー、とにかく音楽の使い方が多彩で美しい。
あーちゃんと男役さんのダンス、デュエットダンスで、定番のよさを堪能して、ゆるゆると、現世に戻ってこれる感じ。
あーちゃんが紅さんに抱きとめられるときの満面の笑顔と、幸福感あふれるお二人。
ああ、もう、いいいですね、宝塚って。
■トップスター 紅ゆずる
紅さんの舞台を見るといつも、この人はトップだ、と思った。
真ん中に立つ人の意地とプライドをすごく感じた。
でもその屈託を決して客に見せず、ひたすら客を楽しませようと振舞い続ける姿が、私の考えるトップさんそのものだった。
前に歌劇の記事で、各ジェンヌさんたちに 「舞台上から、客席は何列目まで見えますか?」 という恐ろしい質問を投げかけていた。その回答が本当にさまざまで、
「12列目くらいまでかな? 場内が明るくなると後ろまでよく見えます」
という本音&やさしさの回答もあれば (確かちぎさんだったと思う)、
「8列目までです。」
と真実の斧をふるって読者の心の流血事件を起こす猛者もおり、その中で紅さんは即答で
「一番後ろまで見えます!」
と断言してた。
コップをキャトルレーブの壁に当てて、隣の大劇場公演が聞こえないかと耳をすませていた紅さんは、ほんとうにファン魂の理解者なのだなあと思う。
それに、紅さんがそう言うと、「たぶん異様な視力とか気合とかイカサマで、本当に見えちゃうのかも」 と思わせる力があった。
タイガースの始球式の紅あー、かっこよくてかわいくて、宝塚ファンとして誇らしかった。
紅5のポトフの回は永久保存版です。 (あのときの紅さんが、妙齢の女性らしい美しさがあってとても素敵だった。 )
紅さんの道がこれからも、清く正しくセクシーに、そしてもちろん、朗らかで、ありますように。
いつかどこかでまた、私達を笑わせて、いや、笑顔にさせてくれるなら、望外の幸せです。
台風の動向が気になりますが、関係者各位無事で、千秋楽が皆様の記憶に残る素敵な形になることを祈ります。