さて、私の挙動不審の話はともかく、劇である。
好きなシーンを列挙すると、
・半次郎(北翔)が吹優(妃海風)から「学問のすすめ」を読んでもらうところ。
軍服姿の北翔さんと、女学生袴スタイルの風ちゃんが、椅子に腰をおろして合唱するのだが、その穏やかな美しさが大好きでした。
風ちゃんは「るーるーるー」と、メロディーを自然に口ずさんでいるだけなのに、その声のしなやかさ、美しさ、北翔さんとの声の相性の良さ。
慎み深くて、可憐な大正の女の子の淡い恋心がにじみ出るいいシーンだった。
・妃海風 会津のお姫様を守る武家の娘を演じて、薙刀をふるうところ
見惚れた。きりりとしめた白鉢巻と、真剣な眼差し。
風ちゃんは薙刀の練習の代わりにマイクスタンドで振り回す練習をしたらしいけれど(それも実に風ちゃんぽい)見事な薙刀裁き。凛々しくて、清らかで、美しい。
・漣レイラさん
今回、私はとにかくかなえさんにぞっこんでした。背格好がもう完全に薩摩隼人。
大きな肩、ゆったりとした袴、誰よりも大きく開く股幅、大無造作な黒髪の濡れ髪パーマ、色黒でにかっと笑う笑顔。
私の勝手な豪放磊落・素朴で温かい九州男子のイメージそのもの・・・。
嫁にもらって!!!!!
せおっちの猛りっぷりもよかったし、ただひたすら顔がくどい夏樹れいちゃんも完全に薩摩でした。
・真彩ちゃん
会津のお姫様からの女郎の役、色っぽくてよかった。
自分をずっと守ってくれた家臣、八木永輝(礼真琴)に、春をひさいでいるところを見られていしまったとき、一瞬その胸にそっと、すがりつく。
そこから、突き放すように 「買ってくれるのかい?」と叫ぶ。
姫の安堵感と恥、永輝たがらこそ縁を切ろうとするプライドと悲しみ・・・東京では絶妙なバランスで演じていた。
後の方の西南戦争で、真彩ちゃんは、風ちゃん率いる赤十字隊に看護師の一人として参加してる。 「別人設定」みたいだけど、私は同一人物設定ありだと思う。
八木永輝は、姫にすがりつかれたとき、一瞬、肩に手を回す。それは家臣だったときにはけっしてできなかったこと。きっと慕情はあったのだと思う。
軍に入ることと引き換えに自分を見受けしてくれた八木 (礼真琴)に、「もう一度会いたい・・」 と昔のつての風ちやんを頼って行くうちに、自分も看護隊に入隊を決める・
姫君・真彩ちゃんと、家臣・風ちゃんの信頼と友情の物語・・・あれ。。なんか別の話になってきた。
・美城さん 西郷隆盛
美城さんが上手、北翔さんが下手の銀橋に腰掛けて、二人で語り合う場面がある。
すぐそこに美城さんの足が・・・
あのですね、3センチ先でも、西郷さんでした。
全身まるごと、西郷さん。おっきなおっきな、西郷さん。
・今回の開襟賞 = 朝水りょう
真彩ちゃん演じる女郎を買う軍人さん役なのだが、いい加減開襟に免疫付いた私ですら椅子から転がり落ちそうになる責めの開襟。
近くで拝みましたけどね、頑張ってずーーーっと開襟の行先を追いましたけどね、ブラックホールだったがや!!
目を凝らせど凝らせど、その先は消失点のごとく、空(くう)に消えていきましたがや!!!
どうなっとんねん!!
あれはギャルのスカートが短いのに絶妙な角度で全くパンツが見えない法則とともに、高名な物理学者さんにその機構について解説してほしいですわ!
(噂によると、針金とテープという魔法がかけられているそうな)
一列目に座ると、目の前で、天井まで届く太く老いた巨大な桜が光を浴びて咲き誇っていました。
劇場の闇を背後に、虚構の光を浴びた桜は蒼暗く冴え冴えとしていて、私は冗談なしに、いままで見た中で、最も美しい桜だと思いました。
開幕してすぐ、後ろ向きで北翔さんが競り上がってくるとき、舞台の上のスポットライトが、北翔さんをとらえて、静かに、波のようにその輪を広げていく有様が見えた。
それはものの数秒の時間だったと思う。
けれど、恐ろしいぐらい、静かな数秒だった。
北翔さんの集中力、息遣い、そういうものが聞こえてきそうなほどしずかな背中だった。
その光と闇の狭間に、ヅカのスターたちが背負ってきた得体のしれない何かがほんの少し見えた気さえした。
それは言葉を失うほどの壮絶さだった。
舞台が暗転するとき、暗闇を背負って銀鏡をわたる北翔さんと、そこに降りかかる桜があまりに調和していて、一枚の墨絵に見えた。
どなたかが宝塚の暗闇は無じゃない、虚だ、とおっしゃっていたのが的を得ていてよくおぼている。
そこにあるのに、無いもの。
この公演でも停電騒ぎがあったけれど、人工の闇は天然の闇よりずっと深くて、濃い。
だから、光を放つ者が壮絶に美しく見える。
最後の北翔さんの立ち回り。
流麗で俊敏で美しい、水の中を滑るような殺陣だった。
静かだな、とやはり思った。
最後のラストシーン。
組子は全員本舞台にいる。
北翔さんだけが、銀橋に出てきて、客席を見渡し、歩み去る。
19年間この劇場で息をし続けてきた人が達した極みを、全部この舞台に置いて、残して、去っていく。
ぼろぼろと泣いているけれど、みんなわかっている。
確かにそれは、宝塚という長い長い絵巻物の中の、円熟した完成の一つの形でした。
とてもとても幸せな、一つの形でした。