多分、トラウマなんだと思う。
神内は、照明を落とした室内で煌々と映像を映し出すテレビ画面を睨み付けながら、そう思った。
テレビ画面からは、薄気味悪い雰囲気と血生臭い映像が終始垂れ流されており、これが後1時間以上もつづくかと思うと、ちょっぴり泣きたくなってしまう衝動に駆られる。
本当に、もうやだ。
「神内さん、大丈夫?」
ニッコニコの笑顔が隠れきれていない顔でこちらを伺う優男風の青年に、神内は、思い切り悪態をつきたくなったが、喉まででかかったその言葉をどうにか飲み込む。
「……だいじょうぶだ」
「ほんと?顔色悪いけど…」
じゃあ今すぐ止めろ、何がなんでも止めろ、僕が心配なら今すぐ本当に今すぐ止めろ!と叫びたかったが、これもまた、なんとか飲み込んだ。
ならいいけど、なんて呟き、画面をまた食い入るように見始めたこの青年の名前は紅という。苗字なのか、名前なのかそれは知らない。初めて出会ったとき、彼は「紅」だとしか言わなかったからだ。
神内は、テレビ画面から視線を反らし、悲痛な悲鳴をBGMに紅との出会いを思い出す。
あの日は丁度、春にしては薄ら寒い日だった。
神内大和は己の容量の少なさに愕然としていた。
コネや人脈といった、使えるものは全部つかって、神内は憧れだった会社に見事入社することができた。倍率にすると、1万ぶんの1とまで言われた難攻不落の会社に入社できたのが丁度2年前、神内が22才の時だった。
それから3年がたった。
3年間、それはもう怒濤の毎日だった。
毎日毎日覚える事が多すぎた。初めての環境になかなか馴染めないのも確かだった。誰かに泣き言を言いたくても恋人とは就活のために別れてしまったし、残業が当然な毎日に出会いなんてなかった。
覚えても覚えてもまだまだ覚えることはたくさんあって、覚えたことをようやく使えるようになったかと思えば、今以上のスピードを求められた。
もう、いっぱいいっぱいだったのだ。
そんなある日、神内は会社に嘘をついてずる休みをしてしまった。
今まで自分自身に妥協を許さなかった神内が、今日のようにずる休みをしたのは初めてのことで、改めて自分は疲れていたんだなと認識した。
気分転換に家の掃除をするも、狭いアパートだ、直ぐに終わってしまった。洗濯物も何だかんだですぐ終わってしまった。どんよりとした天気だが、多分大丈夫だろう。天気予報も降水量確率30%だと言っていたし。
そんなこんなで、少しばかり遅くなってしまったが、昼食の材料を買いに、神内は近くのスーパーへ向かった。
24時間営業と、商魂たくましいスーパーにこの時間に行くのは初めてで、神内は内心少しわくわくしていた。
中は夜中の閑散とした雰囲気ではなく、随分と活気に溢れていた。品物もまだまだ残っている。
滅多に手に取らない野菜や精肉などをじっくり眺めていると、不意に店内がざわめきだした。時々、女のヒステリックな甲高い声が混じる。何事かと思い、騒ぎのする方へ向かうと、そこには泣き叫ぶ女の子と、ひょろりとした男がギャラリーの真ん中にいた。どうやらこの2人が騒ぎの原因らしい。
「こーくんはどうしていつもみうが嫌がることばっかすんの!?」
「みーちゃんここ…」
「ねえ話聞いてるの!!?」
「……だからね、ごめんねって」
「いっつもおんなじ事ばっか言ってる!本当にみうのこと好きなの!?愛してるの!?」
うっわー引くわー。
女の場を弁えない言動も、男の押しの弱さにも。つまんない痴話喧嘩なら余所でやれ、余所で。内心毒づきながら、興味を失った神内は買い物を再開した。
丁度ここはお惣菜コーナーらしく、旨そうな揚げ物やサラダが並べられている。一気にテンションの上がった神内は、豚カツにしようかコロッケにしようかと悩み始めた。背後では、まだ言い争いが続いているが、これ以上となれば、店側が黙っちゃいない。連れ出されて厳重注意か、はたまは警察の介入か。どちらに転んでもめんどくさそうだ。
それよりも、目の前の肉だ肉!と、タッパーに豚カツを入れようとした時だった。
ぐしゃあっ!
「…………へ?」
背中に何かがぶつかり、衝撃で潰れてしまった、そんな嫌な予感がした。衝撃は弱かったが、この、でろっとした感覚。物凄く、嫌な予感がする。
見えないのを承知で振り返れば、主役とギャラリーがこちらを凝視しているのは分かった。
「……こーちゃんのせいなんだから!!!」
そう水をうったかのように静かだった店内に、女の声が響いたかと思えば、何処かへ走り出してしまった。
「……すいません。大丈夫ですか?」