顔を真っ青に染め上げた、痴話喧嘩の主役の一人が此方へ駆け寄ってきた。神内は内心、うわぁ関わりたくないとげんなりする。
野次馬根性丸出しのババア達に見られいているのも、この駆け寄ってきた男が腹立つぐらいイケメンなのにも。
「本当にすいません!俺の彼女が…」
「いい、いい!気にするな」
こちとら彼女いない歴3年目に突入した、しかもずる休み野郎。かたや、動くだけでいい香りがするような爽やか好青年。しかも今流行りの草食男子とか言うやつだろう。さらっさらの髪の毛が憎たらしい。いや別に!髪の毛が最近後退してきたからそんな負け惜しみじみたことを言っているわけじゃないからな!
目の前に迫り来た、なかなかお目にかかれないイケメンを前に、思ったよりもパニックに陥ってしまっている陣内に、相変わらずイケメンはワタワタしつつ神内の様子を伺っている。
「クリーニング代とか!あ、でもこのままじゃ帰れないですよねっ」
どうしよう…どうしよう…とおろおろするイケメンが、同期の八城に顔は全くといていいほど似ていないのに、かぶって見え、神内は諦めにもにたため息をついた。
「おい、あんた」
ジトリと、にらみを聞かせて話しかければ、イケメンはビクッと身体を揺らしまるで怖いもの見たさの子供のような表情で此方を見返す。
「上着を脱げばどうってことない。たかが玉子だし。だからクリーニング代はいらない。ただ、玉子の代金だけはあんた持ちでよろしく。異存はあるか?」
店内で痴話喧嘩するなとか、場所をわきまえろとか、彼女いて羨ましいなこんちくしょう!とか。神内は言いたいことがいくつかあったが、とりえず飲み込んで、必要最低限のことだけをイケメンに伝え、落ちていた卵パックを手渡しその場を後にしようとした。
そう、しようとした。
「…待って下さい!」
手渡そうとした卵パックを持った腕を、それこそがしっと音がしそうなほど力強く捕まれてしまった。
「……へ?」
「是非お詫びがしたいので!そう言わず俺の家に来てください!」
言うが速いか、漸く騒ぎを聞いて駆けつけてきた店員に、無惨に割れたパックとどこからか出した1万円を無造作に渡し、力強く神内の腕を掴んだままスーパーを後にした。
それからというもの、神内は好青年と自己紹介をし、イケメン改め紅の豪勢なマンションに連れられ、風呂を進められ、服を貸され、更には食事まで振る舞ってもらう始末。
想像していた事態と全くかけ離れた待遇に目を回していた神内が正気を取り戻したのは、夕食をご馳走になり、紅のこれまたキングサイズとでかいベットに一緒に横になった時だった。
「すいません。誰かが止まりに来たこと無いんで、客用の布団が無いんですよー」
暑くないですか?と聞かれれば、むしろ久しぶりの人肌が心地いいですともいえず。神内は何も言えずにいた。
「いやー久しぶりだなあ!キャンプみたいですね!」
こんな寝ごごちのいいキャンプがあるか!と突っ込みたい神内だったが、左側にあるイケメンの爽やかな笑顔にまた、何も言えなかった。
「そーいや明日、神内さんは何時に起きますか?」
「あ…」
眼鏡を外した、にじむ天井をぼんやり眺めながら、紅の言葉に内心突っ込みをしていると、不意にかけられた言葉に心臓がどきりとひと跳ねする。
風邪と嘘をついて休んだ今日。明日からまた始まる日常に、神内は昨日以上には頑張れない気がしてしかたなかった。
けれど、望んで入社した会社であり、やりがいも十分ある。ただ、自分が追い付けていないだけなのだ。
「あ、したは…」
勿論、今朝電話したときは明日から頑張るつもりだった。休んだ今日のぶんも。誰よりも。けれど、今。
「会社に…」
行きたくない自分がいる。いつもなら感じもしない漠然とした不安が腹部にめり込むかのようにのし掛かってきて、胃がきゅうっと縮む。
「……」
“行く”。どうしてもこの二言が言えなくて、神内は喉をかきむしりたい衝動に駆られる。
「神内さん?」
名前を呼ばれ、はっとして隣に寝転ぶイケメンの顔を見た。
紅のそのブラックホールのように底知れぬ色をした瞳に、吸い込まれそうだと錯覚をしてしまい、またもやはっとして、要らぬ考えを払拭するかのように瞳を閉じる。
「神内さんは真面目ですね」
真っ暗な視界のなか、神内は頭部を撫でられる感覚に一瞬びくりとしたが、紅の優しげな声色にふっと力が抜ける。
「俺が想像できないくらい、神内さんは頑張ってきたみたいですね」
不意に捕まれた左手も優しく撫でられる。
女の子や小さいこの頭を撫でることはよくあった。前の彼女は甘えん坊でよく撫でてと言ってきたし、甥っ子やボランティアで保育園児の相手をした時も、気がつけばよく頭を撫でていた。
しかし、撫でることはあっても、撫でられる側になるなんて一体いつぶりだろうか。
久しぶりに感じる、暖かい心地よさに、神内の涙腺が決壊してしまうのはそう難しいことではなかった。
「えっ!?神内さんっ」
「……っ…ごめっ…もうちょっと……あたま、おねがい」
慌てた口調になる紅に、そりゃあ大の大人が急に泣き出したら当然か、とちょっと笑ってしまったが、もう少しこうして甘えていたかった神内は、きゅっと紅の袖を小さくつかむ。
「神内さん…」
何度も頭を撫でられ、それに応答するように滴もパタパタとシーツの上に落ちていく。
ちゅっ
「へあ!?」
野次馬根性丸出しのババア達に見られいているのも、この駆け寄ってきた男が腹立つぐらいイケメンなのにも。
「本当にすいません!俺の彼女が…」
「いい、いい!気にするな」
こちとら彼女いない歴3年目に突入した、しかもずる休み野郎。かたや、動くだけでいい香りがするような爽やか好青年。しかも今流行りの草食男子とか言うやつだろう。さらっさらの髪の毛が憎たらしい。いや別に!髪の毛が最近後退してきたからそんな負け惜しみじみたことを言っているわけじゃないからな!
目の前に迫り来た、なかなかお目にかかれないイケメンを前に、思ったよりもパニックに陥ってしまっている陣内に、相変わらずイケメンはワタワタしつつ神内の様子を伺っている。
「クリーニング代とか!あ、でもこのままじゃ帰れないですよねっ」
どうしよう…どうしよう…とおろおろするイケメンが、同期の八城に顔は全くといていいほど似ていないのに、かぶって見え、神内は諦めにもにたため息をついた。
「おい、あんた」
ジトリと、にらみを聞かせて話しかければ、イケメンはビクッと身体を揺らしまるで怖いもの見たさの子供のような表情で此方を見返す。
「上着を脱げばどうってことない。たかが玉子だし。だからクリーニング代はいらない。ただ、玉子の代金だけはあんた持ちでよろしく。異存はあるか?」
店内で痴話喧嘩するなとか、場所をわきまえろとか、彼女いて羨ましいなこんちくしょう!とか。神内は言いたいことがいくつかあったが、とりえず飲み込んで、必要最低限のことだけをイケメンに伝え、落ちていた卵パックを手渡しその場を後にしようとした。
そう、しようとした。
「…待って下さい!」
手渡そうとした卵パックを持った腕を、それこそがしっと音がしそうなほど力強く捕まれてしまった。
「……へ?」
「是非お詫びがしたいので!そう言わず俺の家に来てください!」
言うが速いか、漸く騒ぎを聞いて駆けつけてきた店員に、無惨に割れたパックとどこからか出した1万円を無造作に渡し、力強く神内の腕を掴んだままスーパーを後にした。
それからというもの、神内は好青年と自己紹介をし、イケメン改め紅の豪勢なマンションに連れられ、風呂を進められ、服を貸され、更には食事まで振る舞ってもらう始末。
想像していた事態と全くかけ離れた待遇に目を回していた神内が正気を取り戻したのは、夕食をご馳走になり、紅のこれまたキングサイズとでかいベットに一緒に横になった時だった。
「すいません。誰かが止まりに来たこと無いんで、客用の布団が無いんですよー」
暑くないですか?と聞かれれば、むしろ久しぶりの人肌が心地いいですともいえず。神内は何も言えずにいた。
「いやー久しぶりだなあ!キャンプみたいですね!」
こんな寝ごごちのいいキャンプがあるか!と突っ込みたい神内だったが、左側にあるイケメンの爽やかな笑顔にまた、何も言えなかった。
「そーいや明日、神内さんは何時に起きますか?」
「あ…」
眼鏡を外した、にじむ天井をぼんやり眺めながら、紅の言葉に内心突っ込みをしていると、不意にかけられた言葉に心臓がどきりとひと跳ねする。
風邪と嘘をついて休んだ今日。明日からまた始まる日常に、神内は昨日以上には頑張れない気がしてしかたなかった。
けれど、望んで入社した会社であり、やりがいも十分ある。ただ、自分が追い付けていないだけなのだ。
「あ、したは…」
勿論、今朝電話したときは明日から頑張るつもりだった。休んだ今日のぶんも。誰よりも。けれど、今。
「会社に…」
行きたくない自分がいる。いつもなら感じもしない漠然とした不安が腹部にめり込むかのようにのし掛かってきて、胃がきゅうっと縮む。
「……」
“行く”。どうしてもこの二言が言えなくて、神内は喉をかきむしりたい衝動に駆られる。
「神内さん?」
名前を呼ばれ、はっとして隣に寝転ぶイケメンの顔を見た。
紅のそのブラックホールのように底知れぬ色をした瞳に、吸い込まれそうだと錯覚をしてしまい、またもやはっとして、要らぬ考えを払拭するかのように瞳を閉じる。
「神内さんは真面目ですね」
真っ暗な視界のなか、神内は頭部を撫でられる感覚に一瞬びくりとしたが、紅の優しげな声色にふっと力が抜ける。
「俺が想像できないくらい、神内さんは頑張ってきたみたいですね」
不意に捕まれた左手も優しく撫でられる。
女の子や小さいこの頭を撫でることはよくあった。前の彼女は甘えん坊でよく撫でてと言ってきたし、甥っ子やボランティアで保育園児の相手をした時も、気がつけばよく頭を撫でていた。
しかし、撫でることはあっても、撫でられる側になるなんて一体いつぶりだろうか。
久しぶりに感じる、暖かい心地よさに、神内の涙腺が決壊してしまうのはそう難しいことではなかった。
「えっ!?神内さんっ」
「……っ…ごめっ…もうちょっと……あたま、おねがい」
慌てた口調になる紅に、そりゃあ大の大人が急に泣き出したら当然か、とちょっと笑ってしまったが、もう少しこうして甘えていたかった神内は、きゅっと紅の袖を小さくつかむ。
「神内さん…」
何度も頭を撫でられ、それに応答するように滴もパタパタとシーツの上に落ちていく。
ちゅっ
「へあ!?」