『運転手さん、子供居る?』
日本橋で乗せたお客が呟いたのは
首都高に乗り幡が谷を過ぎた頃だった
『はぁ孫までいますよ』ごく自然に答えた
『そりゃ、幸せだね』
あまり感情を感じない言葉は中途半端に浮いた
時速80kmから減速し車は高井戸出口を出た
『娘がね・・・』スマホの音量が上がった
『娘がさテレビに出て歌ってやがんの』
アコースティックギターの弾き語りが聞こえる
『知らなかったぁこんなになってるなんてさ』
中の橋を右折して井の頭通りを目指した
『離婚してね、中学以来会ってないんだけど』
ぼつりぼつりと寝静まった街の灯りのように
『知らないでいたかったよな、知っちゃうと』
スマホの音がフェイドアウトして消えた
『知っちゃうと知りたくなるじゃん娘の事』
宙に浮いた言葉に当たって跳ねた気がした
『中学生のままで良かったんだよ俺にはさ』
車は吉祥寺駅を過ぎて三鷹の住宅街に入った
御殿山 井の頭公園を間近にした高級住宅地
『ありがとうございました』『ありがとう』
門を開けた玄関先には2台の子供用自転車
(幸せだねぇ)に入り込めない歌声だけが残った