あれは11年前 神田に事務所を持った頃

ひと月ぶりに会う彼とどんな話をするか

どんな話をすれば良いのか思案していた

別に仕事先でも昔からの知人でもない彼と


どちらから誘ったのかは記憶にない

連絡にはメールだったのかここのコメントか

電話で無かった事は正しいと思うのだが

そう電話も今のスマホではなくガラケーの時代


場所は赤羽と決まっていた

後に行きつけとなる通称《雄三》だった

正確にはそこが混んでて二軒隣の《八起》で

待ち合わせ その《八起》も今はもうない


店のトイレ前の席しかなく悩んだ

入口が見える方が上座となるのが通常

歳上の彼をトイレ側上座に座らせるべきか

不浄に近い場所に俺が座るか 今は上下もない


一応悩んだ挙句俺はトイレ前に陣取り

豚足をツマミにビールを飲んで待つ

本来客人が来るまで何も食べぬべきだが

ガヤガヤと混雑した下町の居酒屋にはそぐわぬ


そもそも論彼が引き戸を開けて来ても

俺を認識出来るのか いや俺自身も

一度あっただけの彼を認識出来るのか不安

女ならいざ知らず男の認識には自信はない


引き戸が開く度に目線を上げる

記憶に無い顔を何度かやり過ごし何度目か

その彼はやって来た『よっ』軽く手を上げ

微笑む姿は12年経っても変わりない


俺の記憶に間違いなければビール一本で

その店を後にし《雄三》に移動した

こちらの方が静かで話しやすいのである

しかしどんな話をしたかは定かでは無い


それなりに飲んで喋ったあと彼が言った

『近くにオモロいオバチャンのバーが』

オバチャンのバーと言うのがツボにハマった

勿論行く事になったバーは通称《彼方》


居酒屋でビールと熱燗バーでウイスキーを

当時の俺はハイボールやサワーを飲む

そんな習慣はなく頑なに場に拘った

しこたま飲んで終電逃すほどに楽しかった


駅で別れて家まで歩いて帰った

クソ寒い夜だったし何度かヨロけながら歩く

1時間と少し歩いたがなんの苦もない

今なら妻から何してんのと怒られる夜だ


会う前のワクワクとした不安は消えて

話した後のワクワクをポケットで握った

まだなも無いがオヤジ2人バンドやろうか

それが震災前の夜 忘れられない夜だ