俺はBツアーズと云う小さな旅行代理店を営むんでいる

今時個人の旅行代理店が儲かるかって?儲かっちゃいない

ただ大手代理店のツアーじゃ手に負えずかといって

御客一人ではプランも組めない そんな旅行が必要な時もある

 

それは一通のメールから始まった まぁ依頼はいつもメールだが

【GW中できれば2日か3日に日帰り添乗案内をお願いしたく・・・】

はとバスよりコアによりマニアックな案内は得意分野の私である

【場所は愛媛県松山市・・・】松山?それは門外漢の話である

 

【松山の知識も地の利もございませんのでお断りいたします】

【いえ良いんです行きたい場所は私が存じております ただ】

ひとりで歩くにはなにか事情があるようで一緒に歩いてくれと

東京からの往復飛行機代と日当を払うからと・・・それなら行く

 

前日の雨が上がった青空に向かって松山城は聳えていた

見上げると日差しに顔を焼かれ首筋を汗が伝う真夏日だ

「コバさんですか?」振り向くとはにかむように笑う女が

「あぁどうもBツアーズのコバです」彼女に名刺を渡した


快活な笑顔が明るいボブのヘアーに収まっていた

『お城登るの久しぶりやわぁ』そう言って軽やかにあるく姿

『ここは桜の名所ひと月前に呼べれば良かったわね』

城の立つ高台まで歩き茶屋でひとしきり話を聞く事になった


松山で生まれ育ち大阪で結婚したが上手く行かずにシングルマザー

子供達が独立した頃病に倒れて入退院を繰り返しやっと帰郷出来たと

(あれ?俺この人と何処かで会ってるだろうか)

全く不思議な話だがそんな気がして直ぐに馴染めた


城を降りる時はリフトを使った『なんかまるでデートやね』

後ろのリフトからそんな声が聞こえ『それもツアーですよ』

振り返えると映画のワンシーンの様に大きく手を振っていた

(いやいやコレはツアーだ)そう言い聞かせる自分に笑えた


暫く街を散策しじゃこ天やらタルトやら鍋焼うどんの店やらの

説明を聞いて歩くのはまるで本当にデートしている様な気分だ

大きなアーケードの商店街に入ると疲れたのか歩みが遅くなり

まるで電池が切れた様に喋らなくなった『大丈夫ですか』


『いややわぁなんか急に疲れちゃって もう少し先に行きたい店が』

心なしか顔色の悪くなった彼女が昔通ったと云う喫茶店に入った

『ごめんなさいもう大丈夫』そう言いながら苦しそうな表情が辛い

『此処で中止にしましょう私が楽しんだのだから日当は返します』


整えられない荒い呼吸を俯いて隠していた口元から漏れたのは

『クククハハハやっぱり優しいのね全部嘘 嘘なのごめんなさい』

呆気に取られた私を他所に彼女は笑い続けながら話を続けた


『そう全部嘘なんよ私の人生全部嘘 物心ついた時から演技だけ』

呆気は若干怒りに変わりつつあったが彼女の笑顔に嘘はなかった

『本当にごめんなさい でもこんな遊びしなきゃ自分に戻れない』

そう云ってケーキと紅茶を無邪気に食べる姿は少女の様だった


俺はBツアーズを営んでいる客は大概変な注文を付けてくる

(人生は演技だ)きっと彼女も演じる事に疲れ切ったのだろう

そう思ったら怒りも消えた(俺自身この仕事を演じ切らなきゃ)

『道後温泉行きませんか?そこでツアー終了で結構ですから』彼女は言った


路面電車に乗ってる間彼女は黙って外を見ていた

想い出を刻む様に

『道後温泉終点でございます』本当に疲れたのか足取りが重い

『ありがとうございました ネットのレビュー通りでした』

 俺はそのレビューとやらを見た事はないのだが


『人って面倒ですよね気を使うって事は演じる事疲れちゃう』

小さな商店街を抜けるとテレビで見たあの道後温泉が建っていた

『ほら屋根の上あの鷺が癒しの湯を人に教えてくれたんよ』

夕暮れにはまだ早い初夏の陽射しに白鷺は輝いていた


『私はあの鷺になれたでしょうか』笑いながら振り向くと

其処には記念写真を撮る観光客とガイドさんの集団だけだった

(癒されたのは俺の方だったのかもしれないな)

多分探しても見つからない彼女はきっとあの白鷺だったのかもしれない


(業務終了か せっかくだから浸かって行くか)

貰った封筒の中から千円札を出して券売機へ向かった

俺はBツアーズと云う小さな旅行代理店を営んでいる

さて今日は金を貰って温泉に浸かる幸せに存分に癒されよう