
(かぁさん 僕はあんたを恨みますよ・・・
こんな風になっちまったのはすべてあんたのせいだ
小学生の頃の秋の連休に二人で乗ったスワンボート
それだけが僕の家族の思い出・・・)
青空が歪み池の水が膨らむそんな朦朧とした視線で
彼はひとしきりスワンのボートだけをを眺めていた
ベンチにドカっと腰を下ろしたとき周辺に居た者は
誰がどう見ても尋常じゃない顔色の彼を見て逃げ去った
(かぁさん あんたはなんであんな水道屋なんかと
あの日も家に帰ると慌てて電話を切ったよねそして
『またシャワーの調子が悪くってさ』って楽しそうに
僕は塾の時間には早かったけど家を出て走るしかなかった)
彼は人目を憚ることなくポケットからチューブを出し
左手の上腕にきつく巻きつけ胸ポケットから注射器を取り出す
ペットボトルのキャップにパケから白い粉を移し水で溶く
その小さなキャップの中に隠微な笑顔の母親を見ていた
(かぁさん 塾から帰ると慌てて服を着だしたあんたは
笑いながら『壊れたシャワーが暴れちゃって』って言った
『今直してもらってる』って・・・なんであんたまで濡れるんだい
きっとあんとき水道屋は急いでツナギに袖を通したんだろ)
キャップの中の母の大きな瞳に針を刺し込みポンプを上げる
歪んだ母の顔が目盛のついた細いガラスの中に吸い込まれてく
浮き上がる静脈にその母の笑顔をゆっくりと流し込んでいく
冬を告げる冷たい風の中汗が滴り落ち無感覚に落ち込んでいく
(かぁさん 僕は頑張ったんだぜかぁさんのために勉強した
一生懸命勉強して早くかぁさんを幸せにしたかったから
難関の高校にも進学したじゃないかなのに進学祝の席で
あの水道屋が新しいお父さんだってふざけるなよふざけ・・・)
カラスが飛び立つと茶色に枯れ果てた桜の葉が風に揺られ落ちた
夕暮れのボート池にはカモの姿もなくなりただ小波が立っている
彼の背中にチラリと視線を落としたランナーが走り去っていく
夕暮れの中虚構の幸せに浸りながら17年の命が散った