陽が西に傾いて急激に冷え込んで来た
まるで日本海側に豪雪を降らせた雲が
アルプスを溢れだして千切れたように
空高くてっぺんだけに浮かんでいる
「寒いっすね」「寒いねぇ」挨拶代わりに
こんな言葉を交わしたまま歩き出す
お互い(調子なんかいいわけは無い)
知り尽くしているから話などは無い
その路地に入るとまるで昭和映画のセット
張りぼてにさえ見えるモルタルの2階建が並び
赤や緑の提灯が無ければそこが店である事すら
わからない不思議な呑み屋が並んでいる
格子戸の間から覗くと客はいないようだ
《ガラガラガラ》「いらっしゃい」酒焼けの声
「寒いねぇ」「寒いっすね」またこの挨拶だ
「熱燗にして あとおでん皿ね」「はいよ」
この店は1000円でおでんセルフサービス食べ放題
旨いのか それは想像に任せよう とにかく
煮込まれた種は味が染み込むだけ染み込み
いったい何時からこの鍋に居るのかと思うほどだ
「それでさ その頃はまだテレビも白黒で
そうだな 多分今より寒かったよ冬は・・・」
なんでそう言う話になってのか解からぬが
「そうよね」酒焼けの声の女将も加わってきた
「便利になるって不便かも だってもっと便利になる
希望みたいのが無いもの」「それならこの店は希望に
満ち溢れてる」「あらやぶ蛇だったわ」少し笑えた
すきま風が足元を走り 店の猫がカウンターに登った
どのくらい呑んだのだろう大した量では無い
毎度しみったれた客を愛想笑いで送り出す女将が
「明日は雪かもね まいどあり」そう言って戸を閉める
昭和の張りぼて街の路地を曲がりいつもの階段を上がる
「なんか変ですよ」そう言われて見ると景色が違う
明かりはほの暗く電車は青色と緑色で走ってる
高層ビルの少ない闇色の空にははっきりと星が見える
やたらと長い貨物列車が山手線の横を走り抜けていった
上空から凍て付く様な冷たい風が吹いて来て
首を窄めた瞬間 音も景色も空も星も元に戻った
「酔ってるな」「悪酔いですね」そう言って改札を抜ける
「じゃ」「明日はホント雪かもな」そう言って別れた
凍りつく寒い日には景色すらも凍りつき 酔いと云う奴は
その景色をたまに差し替えやがる 一瞬見た風景がやたら
綺麗だったようだが今の車窓も捨てたもんじゃない
2月はそこまで来ている (あぁ明日の朝は雪かもな・・・)