修にとってはいつもの出社と変わらない朝を過ごしている
出張であるだけだ妻を連れて行く事も良くあることである
東京駅では何処の俳優夫妻だと云う目で皆が振り向くが
そんな目に澄ました顔で居られるのは天性のスター性だろう


9:03分ひかりのグリーン車で寛いだ頃車両は地下を滑り出した
日本の電車は一分たりとも定刻を遅れる事が無い不思議を
妻が日本人の勤勉性と信頼性であると結論付け説き始めた
当たり前のことを大げさに誉められていようで面白くは無い


「勤勉だからこそ暴動もストライキも起きない平和な国になった
僕の仕事もやり易い環境なのさ海外だってリスクの無いこの国へ
投資したいはずだがあまりに平凡過ぎてキャピタルも生まれない」
そんな解説をしながらふと思い出した(修一はどうしてる)


同じ頃静岡では着慣れないスーツに袖を通し上手く結べないネクタイ
苛立ちながら工場の寮から背中を丸めノソッと修一が出てきた
駐車場にある自慢のNSXに(週末まで乗れねぇけど冷えすぎて
風邪引くなよ)声を掛けるでなくボンネットに軽く触れて出かけた


中古で手に入れたこの車にも修一が作るパーツは組込まれている
「おぉサラリーマン見たいだな」夜勤明けの健さんがやってきた
「お前でかいからスーツも似合うわ ライン管理やんだって頑張れよ」
「あぁどうも」「この怪物ももう骨董品の時代だな」NSXを見つめる


「リストラの話し知ってますか」「あぁリストラなんてもんじゃねぇよ
10人残しでクビだよ お前も工場長も選ばれた人 俺達は落ちる人
ハハハ心配すんな 今何とかユニオンが相談に来てくれるらしや」
どうやら修一知らない所で話は大事に進んでいるらしかった


頭を下げてバスに乗る 工場がどうなるのか皆目見当がつかない
駅では工場長が針金のような髪の毛をポマードで撫で付けテカテカに
なったスーツに着られていた「おはようございます」「あれれぇクククッ
お前スーツ似合うねぇ男前じゃないか」新幹線がホームに滑り込んだ


途中駅の静岡からは自由席に座れる場所など無くデッキに立つ
暫くは海を眺め工場長の子供の頃の魚釣りの自慢話を聞く
東京まで60分工場の立ち仕事に比べればなんてことない時間だ
「東京駅からがまた遠いんだ中央線で日野だよまた一時間だ」


その頃下りのグリーン車では修夫婦がいかに富士山が素晴しいか
雄大にすそ野を広げる単独峰は外国人観光客を魅了するらしい
ゴウゥーUUU-トンネルに入る度に会話を止めなければならないのは
どうにかならないかと修は黒い窓の外を見て真剣に考えていた


ゴウゥーUUU-日本平トンネルの暗闇で窓に移る顔を見ながらふと思う
(東京か修はどうしてっかな)疎遠になっている兄の顔は同じだ
暗闇のトンネルの中に奇しくも双子の兄弟は同じ時間を共有した
この10年で一番接近した距離であろう 轟音と風が渦を巻いた