$俺の声2(不動産屋の歌と主夫)

旅はここから始めよう 北へ行こうか南へ行くか
この創業64年の純喫茶で考えた
手塚治虫が《ブラックジャック》の原案を書いたと云う
歴史の中に身を置き香りと値段の高い珈琲を啜る


$俺の声2(不動産屋の歌と主夫)

《あぁ上野駅》である『何処かに故郷の香りを乗せて』
歌ったのは井沢八郎である そんな事を知らない世代が
我が物顔で闊歩する 半世紀の間にこの国は変わり過ぎた
ついていけない自分の身を隠すには良い出発地ではないか


$俺の声2(不動産屋の歌と主夫)

ふと目に付いたポスターがある ジャンが俺を呼んでいる
男のロマンにギャンブルは太古の昔より付き物だろう
雨の上がった曇り空の下を新たに湧いた白い雲が流れる
その流れを追いかけるように電車は音も立てずに走り出した


見慣れた風景もしばしの別れを惜しんでくれているのか
涙ぐんで見えるのは久しぶりに降った雨のせいであろうか
そう遠くはない旅の終着駅へ向けて空席の多い車内で
俺はいつものように目を閉じた 日常を遮断する為に


夢を見た サイコロを転がして出た目の分だけコマを進める
進んだ先の盤面の金額はプラスなのかマイナスなのか
転がるサイの目を血走った眼が幾つも睨みつけている
盤面の絵は《山手線》止めてくれ そこから解放されるのだ


意外と近い目的地に降り立つと雲は切れて
真夏の陽射が照り付ける 暑さは現実を突きつける
『やはりフェリーにでも乗るべきだったか』
一気に噴き出す汗に耐えられず 車に乗る事にした


西の空にあかね雲 沈みゆく夕日は見えない
ほぼ真上の暮れかかる空だけで落陽は俺の心の中にある
月末と云う恐怖の日常を放り出し全てを遮断して来た
身も心も解放を求め全てを脱ぎ去り俺は今湯の中に居る


贅沢を云えばもう少し静かな温泉に一人きりでと思う
更に贅沢を云えば湯船を上がりそこに部屋があればと
すこぶる贅沢を云えばその部屋に酒と女がいればなどと
無限の夢想を広げ父の日の貰った回数券をありがたく使う


男の浪漫とも云うべき夢の欠片を蹴飛ばしながら
明日への旅をもう少しだけ楽しめる今夜である


$俺の声2(不動産屋の歌と主夫)

ロッタ 近う寄れ 
今夜は部屋にはいいっていいのだぞ

$俺の声2(不動産屋の歌と主夫)
《旦はん うち嬉しいどすえ》