♪あなたが電話でこの店の名を
   教えた時からわかっていたわ
  今夜で最後と知っていながら
 シャワーを浴びたの哀しいでしょう♪


by 吉田拓郎




 木製のドアが軋みながら閉まり暖かな空間に入ると4人の視線が僕に当たる。一人目はマスター「いらっしゃい」顔は知っているが喋った事は無い。いつものように無表情にグラスを磨く。カウンターの奥にからは男女の視線、これは気にするほども無くすぐ外された。最後に彼女の視線に目を合わせる。よほど楽しかったのだろう夢から醒め切れない笑顔で僕を迎える。小さなテーブルには二つの水と彼女の珈琲、「少し飲む?」僕は首を振る。今夜中に彼女を150Km先まで送り届けようと考えていた。「珈琲を」「・・・」マスターは目で注文を受取りネルドリップを用意する。<




彼女は珈琲に口を付け一口飲んでから今日の想い出を語り始める。相変わらず少女の様な笑顔で。白いコーヒーカップに着いたルージュの跡がその笑顔とは対照的に妙に艶めかしくて僕はカップを眺めていた。話題が変わり明後日に迫ったクリスマスの予定を話す彼女を制して僕は「クリスマスは行けない」小さな声でしかしはっきりと言ったつもりだ。マスターが珈琲を置いていく時間が長い沈黙に思えた。「あのさ」「言わないの」諭すように優しい声で彼女は言った。「今日は言わないで欲しいの」少女の笑顔も澄み切った瞳も消されていたが、口調は穏やかで優しかったのだ。<




 「いまから甲府に帰らないか 送って行くから」言いだせない言葉を車という小さな空間に移動させれば言える気がした。《ビシャッ》僕の顔面はびしょ濡れになっていた。マスターもカウンターの男女もオスカーのピアノでさえも止まった様に、僕に注目しているのだろう。その中で顔面の水だけがジーンズの上にとめどなく落ちて行く。「言わないでと言ってるでしょう」空にしたグラスを手に持ったまま語気を強めてそれでも低く小さな声で彼女は続けた。「今日は帰らない 明日電車で帰るから送らなくていいよ、クリスマスは楽しみにしてるから」ようやくグラスをテーブルに置き マスターに向かい「すいません、おしぼりを」僕の顔はどんなだったろう。驚きや怒りなどで無く ただ開いた目は彼女の視線をとらえていた。




 翌日彼女は僕と一緒に通勤電車に乗る。高円寺から新宿まで。新宿で僕も一度降り始発電車の(あずさ)に向かう。「クリスマスには必ず来てね」何事も無かったように屈託なく笑う彼女は綺麗だ。「多分・・・」言葉を濁して彼女を車内へ押し込み少し笑って手を振った。雪は止んでいたが街は白く染まった朝8時 僕たちはとりあえず別れた。




♪男を縛る強い女と 男にすがる弱虫と
     君は両方だったよね
   だけどバイバイlラブ
            外は白い雪の夜♪









雪の日に書きたかった懺悔


憂歌団 Boys My Boy 2009・10・31参照