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心に光を灯したい

家族の体調不良をきっかけに魂の世界に触れ、
人生の見え方が変わりました。
いまの自分は
どんな想いでここにいるのか
ヒプノセラピーを通して
その問いにやさしく触れながら
本来の自分の心の奥の声や
日々の想いを綴っています

母が倒れてから約5年。


当日まで元気だった母は

後遺症が残り

自由に動くこと

話すことが難しくなりました悲しい

高次脳機能障害、半身麻痺、失語症



母の状態、年齢では

一般的に

回復は難しいと思われていますが

中には奇跡的な回復を

した人がいるのも事実で。



娘として
小さな希望の光を
ずっと持ち続けています泣き笑い



最近は
意識を遠くにやっているように見えたり、
かと思えば
目に光を取り戻しつつあるように見えたりひらめき


波はありますが、
頑張っていっぱい発語がある日もあんぐり


すぐに回復して元気になると

疑わなかった最初の頃。



予想より重い後遺症に愕然としたその後。



母の突然の事態に

家族みんな落ち込みましたが



1番辛いのは母だから、と

励まし合い続けた

5年の期間に

母が移り変わった

病院、施設は数知れず不安


救急病院

総合病院

小規模多機能型居宅介護施設

介護老人保健施設

特定養護老人ホーム

介護医療院



期限や容態の変化で

移らざるを得なかったのですが

こんなに転々とするとは

思いもしませんでした。



介護の施設名や制度は

耳馴染みもなく、

とにかく理解が難しい不安あせる



入退所の度の手続きや

必要なものの手配。



もしひとりだったら無理だった汗

心も対応も追いつかなかったよね

と家族でよく話しています不安




母が倒れた時点で

父は70代後半👴



仕事一辺倒で、

家のことはほぼ母任せだった

昭和世代の父は

急に一人暮らしになって

自分は何を食べたらいいのかと

いうレベルでした真顔



そんな父も

掃除、洗濯、自炊と

慣れない家事を

徐々にこなせるようになり、

頻繁に母の面会にも行ってくれています。



父が気落ちしないよう、

近くに住む妹が頻繁に

行けるときには私も

父の元を訪れて

食事を一緒にとったり、

話をするようにしています。



私がフルタイムの仕事を始めた時期と

母が倒れた時期、

息子が体調をひどく壊した時期が全て重なり、

人生の試練としか

思えない期間もありましたが、



家族の誰かが

母の回復を願わない日は

なかったと思います。



そこまで想われる母は

改めてすごい、、あんぐり

と思うのです。



きっとがいつも

私たちに寄り添い、

信じてくれ、

愛情をくれていた存在だったから。



誰でも

そんな愛をもらったら、

愛を返したくなる。



ただ、それに尽きる気がします。



私がもし倒れて同じ状況になったら、

夫と子どもたちは支え合いながら

ここまで想ってくれるのかなぁ、、真顔



先がどうなるかは

いま一瞬一瞬の積み重ね。



できることをしていくしかありません。



妹は

ソフトな手技で神経を繋げる

『小波津式』

を遠方まで通って習得し、

いまでは面会の度に

母に施してくれています。

難病の人も奇跡的な回復をした症例が数多くある療法



また、

私と妹は昨年伝授してもらった

光炎というエネルギー🔥を

面会時や遠隔でも

母に流しています。



お経や真言を唱えて

日々浄化したり。



目に見える手法も

見えない手法も

織り交ぜつつ、

できることを積み重ねています。




その先に待っている未来が

私がたまに見て号泣している

母の夢

に繋がっていますようにお願い

先日の夢でもすごく喋っていました!



祈りや願いは

誰かを守る力になったり

確実に届くもの。



叶うかどうかはその先にあるので

誰にも分かりませんが

いまこの瞬間が未来の一部。



『いま』を大事に

生きていけたらいいなと

思いますニコニコ