心に光を灯したい

心に光を灯したい

家族の体調不良をきっかけに魂の世界に触れ、
人生の見え方が変わりました。
いまの自分は
どんな想いでここにいるのか
その問いにやさしく触れながら
ヒプノセラピーを通して
本来の自分の心の奥の声や
日々の想いを綴っています

最近気づいたことがありますあんぐり



人からはきっとこう思われているだろう

という自分のイメージと



実際に人が私に対して持っているイメージは

実は全然違うことがあるということ泣き笑い




たまたま友人同士で

子どもの頃どんな自分だったか

という話になり___



私が話したのは

小さい頃幼稚園に馴染めなかった

おとなしくて引っ込み思案だった自分。



さらに

小学生の頃

学級委員を務めたり

真面目で優等生タイプだった自分。




いまだにその二つの面は

どこかに持ち合わせていて

人にもそう思われているんだろうなと

思い込んでいました。



どこか堅くて近寄りがたいところが

あるんじゃないかと。



でも、、

友人たちの予想外の反応を見て

気づいたんです。


あれ?!


いまの私にそのかけらも感じない?と聞くと


「まったく!」


らしいです…あんぐり



最近人に言われた言葉を思い返してみると、、



・しっかりしているのにどこか抜けている

・ふわふわとしてる、そよ風のよう

・たまに思いきった行動をするスイッチがある



たまに抜けているのは

ちゃんと自覚あります指差し



それにしても

そよ風⇆学級委員

って雲泥の差がありますよね泣き笑い




私、だいぶ自分のことが分かってきた

と思ってたんです泣き笑い



ヒプノセラピーで

前世の自分を知り、

幼い頃の自分を癒し、

いろんな角度から

自分と向き合ってきたからです。



何かに迷ったときは

本当は私はどうしたい?と

自分の想いを大事にすることも

できるようにもなりました。



この歳になってやっと。



なのに、自分に対して

子どもの頃にかけてたフィルターが

まだ残っていたんですね



そのことに

まずびっくりしましたあんぐり




同時に

こんなに違うなら

ひとからどう思われるかを

気にしても本当に意味がないんだな



と思えたんです。




無意識レベルのフィルターは

自分に制限をかけます。



「こう見られるんじゃないか」

「こう思われるんじゃないか」



その奥底には


「嫌われたくない」

「好かれたい」


があるんでしょうね



私にとって

勇気がいることは

共通していることにも気づきました。



例えば


・新しい人との出逢い

・何かに顔出しをする

・名前を出す



これらに共通することは

『どう見られるかフィルター』でした。



そうかー電球


そもそも意味がないのなら

もう外してもいいのかもしれないな




自分が思っているほど人は気にしていないし

気にしたところで

10人いたら

見える私のイメージは

10通りある。



みんながそれぞれ独自のフィルターを

持っているだけのこと。



じゃあもう気負わずに

ありのままの自分でいればいいのか気づき



また何かひとつ手放せそうな予感です流れ星



最近の新しい出逢いも

大切なことに気づかせてくれる

きっかけになりました虹



会う前にはまだフィルターを握りしめていて

ドキドキしていた私。



お相手の方は

「自分は何がしたいかフィルター」を持つ

なんとも魅力的な方でした気づき



されている活動は幅広くて

多忙なはずなのに

肩に力が入っていなくて



人と人を繋いだり

誰かの居場所を作ることに

自分自身が幸せを感じている気づき



『こうしなければ』でなく

『こうしたい』で動いている人は

周りの気持ちにも負荷をかけないんだなー電球



そんなことを気づかせてもらえる

出逢いでした。



そんな方が作られている居場所が

魅力的でないわけがなく

山奥の古民家カフェ:ごすけの山小屋

集われている方たちの笑顔が溢れていました目がハート






コンセプトが

『高齢者の方の孤立を防ぎ、心を笑顔にすること』

なだけに、


わぁ、、この空間には愛しかない気づき


と感じました。



人と人を繋ぐ居場所は

光(愛)を与えるステーションのようなもの

だと思うんです。

 


もともと

みんな心に光を灯して生まれてきます。



でも

辛い経験や孤独が

その灯火を小さくしたり

消してしまうこともあります。



そんなとき

笑顔になれる居場所があることが

どれだけ貴重か気づくかもしれません



人はひとりでは生きられないから



いろんな経験をして

いろんな感情を味わって

魂を磨き合うために

ここ(地球地球)に来たから。



誰かが弱っているときに

お互いに光を分け合えたら

減るどころか

その灯火はどんどん大きくなる



そんなことを

山小屋カフェで感じて

私の心の灯りもぽわっと

光が増した気がしました。






このカフェだけでなく、

他にも福祉の支援など

家くらさんがされている活動が

多くの方に必要とされる

大きな光のステーションだとしたら



わたしにできることは

ひとつのとても小さな灯台のような

役割かもしれませんが

 


ヒプノセラピーを通して

抱いている想いがあります。



『受けた方の心にそっと光を灯したい』



生きづらさを感じている方が

セッションを受けて

自分の内側の深いところで

気づきや癒しが起こると



いまを生きる自分を

俯瞰的にみるようになります。



いま何を幸せだと思っているか

何のために生まれてきたか


自分はどう生きたいか



自ずと浮かび上がるその問い自体が

自分の心に光を灯すきっかけに

なり得ると思うんです



いまは繋がりが

どんどん薄れて

孤独を感じる人も増えている時代。



そんなときだからこそ



目の前の人とただ笑って食事をするだけでもいい



どんな形でも

それぞれができる形で

光を分けあえたらいいなと

改めて思いました虹