ウクライナに寄付する伯母さん | 大阪の中年アンオフィシャルブログ『限りなく無題』 Powered by Ameba

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自分の記録としての書き込みが主旨です。
私のアホブログなんて見ないでくださいね。
ヤル気があるのかないのかわからない辺境のブログですが気楽に綴らせて。

父方のおばさんからケーキが送られてきたのでお礼がてら電話して話をしました。
↓左の顎は私だ💧1974氷見かな?
親父が亡くなるまで疎遠ですんませんが変わらず気をつかってくださって。
御年86歳になられた。
父は5人兄弟の次男だが後の4人はご健在。
電話ではいきなりウクライナの話でびっくり (@_@;)
ぶっとんだ86歳💦
太平洋戦争の前年に産まれた伯母さんは戦争経験者であり、ウクライナの状況に心を痛めて寄付を続けていという。
生死をさまよった帰還兵が現在、グローバル社会という言葉を使うのも凄いと思ったもんだが、2つの時代を跨いで語るのはまるでタイムトラベラーのような不思議さだ。
戦争はいかんと苦労した自身に重ねて寄付ができる伯母さんはクラゲのような私の人生より遥かに重たいんだと思いました。
私の背中を押してくれてるのが伯母さん。
いとこには馴染めなかった私を気遣ってくれた。



祖母とウチにもきてくれたが、この頃の記憶はあまりない。
写真のショットは体感的には覚えてる。
お小遣いもらったかな。
誰もいなくて姉の分まで渡されたが姉にはちゃんと渡したぞ。


父の父、つまり祖父は親父が9歳の時に盲腸で亡くなったけど東京に行ってレコードを吹き込んだり当時は先進的でモボ(モダンボーイ)な人物だったことも話てくれて、これまたびっくり(@_@;)

伯母さんはLINEで姉と通じてるので私もまたその後の経緯や覚えてるエピソードなどゆっくり伝えたいと思います。
父についても。