誰か、この答えを教えてくれないでしょうか?
と、悩み続けている鉄平です。
自分自身が学ぶのは、簡単な事です。
少しのヒントで、とにかくやってみる→失敗する→見直す→また、やってみる→失敗する→見直す、、、。
繰り返しが自分を成長させ、下手なりに自分のスタイルを築き、直らなくなってしまった間違いもまた、味になる、、、。
自分だったら、、、。
こうしたら簡単ななのに、なんで、そこで止まる?
何回同じ注意をしたらわかるのかなぁ、、、。
などなど、人に教える事は、正直、辛抱と、我慢と、時間が必要なものなのです。
結局のところ、学ぶ側の意識の問題であり、教える側の(学ぶ側への)モチベーションを上げていくやり方にその答えがあるのではないだろうか。
TAKAみちのく代表も、教えるのではなく、実際に見せてくれたうえで、盗め!
と、言いつつも、なかなか覚えないDOJO生達に、苛立ち、指導方法も葛藤されたのではないかと思います。
格言で、
「練習は本番のように、本番は練習のように!」
と、言うのがありますが、この言葉を体現した練習方法が、「毎週土曜日のプロレス大会」だったのではないでしょうか。
今日で、プエルトリコ編も第8夜です。
「毎週土曜日のプロレス大会」が、始まってから、K-DOJOのDOJO生達は、様々なプロレスラーから、ご指導を頂く機会が増えた。
これら全て、TAKAみちのく代表の顔の広さと、K-DOJOの生徒達が持っている強運がもたらした、様々な奇跡的な出会いでもあり、また、陰ながら、K-DOJOを支援してくれた、故ビクターキニョネスさんのお陰でもあるのではないだろうか。
鉄平達がまず、指導して頂いたのは、

世界のTAJIRIさん。
※当時の雰囲気を出すため、画像は、週プロさんの選手名鑑2002年のものです。
↑注釈の2002年選手名鑑ですが、名鑑の撮影やコメント欄の記入などは、2001年に行うので、採用させていただいてます。
滞在中にコーチ陣と浅野オーナーの話で盛り上がったためか、名鑑にキッチリその名前が刻まれております。
TAJIRIさんは、2回ほど、DOJO生に直接ご指導頂く期間がありました。
1回目の時は、マット運動や受身の技術講義。
2回目は、DOJO生達の為だけに、フルコスチュームで、「毎週土曜日のプロレス大会」に参加していただき、確か、対戦相手は世界のMIYAWAKIさんだったと思います。
MIYAWAKIさん自身も貴重な経験だったとは思いますが、僕らDOJO生は、スペシャルリングサイドで、その動き、息づかい、間、表情の全てを見せて頂き、また、VTRとして残していただいたので、何度となく、そのVTRを再生させていただきました。
なんと、贅沢な(笑)
TAJIRIさんは、必ず相手にポジティブな言葉で教えてくれる方でした。
失敗しても
「あ~おしい!もう、ほとんどできてる!すぐできる、すぐできるよ」
って感じで。
同期のサンボは、TAJIRIさんに気に入られたのか、「カツオ君」と呼ばれ(当時、漫画サザエさんのカツオ見たいな風貌だったため)、付きっきりで指導を受けていて、他の同期からは、羨ましいぞ!おい!って、視線を独り占めしてたなぁ(笑)
実は、鉄平もデビューしたあと、千葉のBluefieldで、TAJIRIさんの代名詞、ハンドスプリングエルボーを直接ご指導頂く期間がありました。
その後、ハンドスプリングヒップアタックを試合で出したのは、内緒の話です。
次に来たのが、プロレスリングノアで、活躍されている、スペルクレイジーさん。
日本語もペラペラなんで、色々な動きを教えて頂きました。
2期生の中のハイフライヤー達も、驚き、喜びのあまりに、
「し、しげぇ~、スペルクレイジーきよったぁ」
(興奮のあまり、「すげぇ、スペルクレイジーが来たよ~」)
って言いたかったのが、どこの方言かわかないけど、不思議な日本語を近くの人に聞こえるような小声で言っていた人物がいました(笑)
クレイジーさんも、しっかり「毎週土曜日のプロレス大会」に参加していただきました。
その後も、普段観ることの出来ない、オクタゴンシートや、MAXミニ(ミステルサグラーダのシート選手)のミゼットによる試合もしていただいたり、、、
とにかく、講師陣は、世界のトップレスラーばかりで、プロレスファンだけではなく、業界の選手も羨むような布陣でした。
そんな講師陣に、デビューもしていない若手が、教えて貰える環境は、はっきり言って、後にも先にも、KAIENTAI-DOJOのプエルトリコ組だけだったハズです!
そして、奇跡的な時間軸の交差から、メジャー団体のあの人、いや、あのお方が、K-DOJOプエルトリコに降臨されたのでした…。
その話は、また次の機会に。
本日もお付き合いありがとうございました。
では、今回はこの辺で。



