復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -23ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

人を教えると言うのは、どうして、こんなに上手く行かないものなのでしょうか?

誰か、この答えを教えてくれないでしょうか?

と、悩み続けている鉄平です。


自分自身が学ぶのは、簡単な事です。

少しのヒントで、とにかくやってみる→失敗する→見直す→また、やってみる→失敗する→見直す、、、。

繰り返しが自分を成長させ、下手なりに自分のスタイルを築き、直らなくなってしまった間違いもまた、味になる、、、。


自分だったら、、、。
こうしたら簡単ななのに、なんで、そこで止まる?
何回同じ注意をしたらわかるのかなぁ、、、。

などなど、人に教える事は、正直、辛抱と、我慢と、時間が必要なものなのです。

結局のところ、学ぶ側の意識の問題であり、教える側の(学ぶ側への)モチベーションを上げていくやり方にその答えがあるのではないだろうか。

TAKAみちのく代表も、教えるのではなく、実際に見せてくれたうえで、盗め!
と、言いつつも、なかなか覚えないDOJO生達に、苛立ち、指導方法も葛藤されたのではないかと思います。


格言で、
「練習は本番のように、本番は練習のように!」
と、言うのがありますが、この言葉を体現した練習方法が、「毎週土曜日のプロレス大会」だったのではないでしょうか。


今日で、プエルトリコ編も第8夜です。


「毎週土曜日のプロレス大会」が、始まってから、K-DOJOのDOJO生達は、様々なプロレスラーから、ご指導を頂く機会が増えた。

これら全て、TAKAみちのく代表の顔の広さと、K-DOJOの生徒達が持っている強運がもたらした、様々な奇跡的な出会いでもあり、また、陰ながら、K-DOJOを支援してくれた、故ビクターキニョネスさんのお陰でもあるのではないだろうか。


鉄平達がまず、指導して頂いたのは、

世界のTAJIRIさん。
※当時の雰囲気を出すため、画像は、週プロさんの選手名鑑2002年のものです。

↑注釈の2002年選手名鑑ですが、名鑑の撮影やコメント欄の記入などは、2001年に行うので、採用させていただいてます。

滞在中にコーチ陣と浅野オーナーの話で盛り上がったためか、名鑑にキッチリその名前が刻まれております。


TAJIRIさんは、2回ほど、DOJO生に直接ご指導頂く期間がありました。

1回目の時は、マット運動や受身の技術講義。

2回目は、DOJO生達の為だけに、フルコスチュームで、「毎週土曜日のプロレス大会」に参加していただき、確か、対戦相手は世界のMIYAWAKIさんだったと思います。

MIYAWAKIさん自身も貴重な経験だったとは思いますが、僕らDOJO生は、スペシャルリングサイドで、その動き、息づかい、間、表情の全てを見せて頂き、また、VTRとして残していただいたので、何度となく、そのVTRを再生させていただきました。

なんと、贅沢な(笑)

TAJIRIさんは、必ず相手にポジティブな言葉で教えてくれる方でした。

失敗しても
「あ~おしい!もう、ほとんどできてる!すぐできる、すぐできるよ」
って感じで。

同期のサンボは、TAJIRIさんに気に入られたのか、「カツオ君」と呼ばれ(当時、漫画サザエさんのカツオ見たいな風貌だったため)、付きっきりで指導を受けていて、他の同期からは、羨ましいぞ!おい!って、視線を独り占めしてたなぁ(笑)


実は、鉄平もデビューしたあと、千葉のBluefieldで、TAJIRIさんの代名詞、ハンドスプリングエルボーを直接ご指導頂く期間がありました。
その後、ハンドスプリングヒップアタックを試合で出したのは、内緒の話です。


次に来たのが、プロレスリングノアで、活躍されている、スペルクレイジーさん。

日本語もペラペラなんで、色々な動きを教えて頂きました。


2期生の中のハイフライヤー達も、驚き、喜びのあまりに、
「し、しげぇ~、スペルクレイジーきよったぁ」
(興奮のあまり、「すげぇ、スペルクレイジーが来たよ~」)
って言いたかったのが、どこの方言かわかないけど、不思議な日本語を近くの人に聞こえるような小声で言っていた人物がいました(笑)

クレイジーさんも、しっかり「毎週土曜日のプロレス大会」に参加していただきました。


その後も、普段観ることの出来ない、オクタゴンシートや、MAXミニ(ミステルサグラーダのシート選手)のミゼットによる試合もしていただいたり、、、


とにかく、講師陣は、世界のトップレスラーばかりで、プロレスファンだけではなく、業界の選手も羨むような布陣でした。


そんな講師陣に、デビューもしていない若手が、教えて貰える環境は、はっきり言って、後にも先にも、KAIENTAI-DOJOのプエルトリコ組だけだったハズです!


そして、奇跡的な時間軸の交差から、メジャー団体のあの人、いや、あのお方が、K-DOJOプエルトリコに降臨されたのでした…。

その話は、また次の機会に。


本日もお付き合いありがとうございました。

では、今回はこの辺で。
今日はと言うか、今日も、営業で体がボロボロなんで、ブログをお休みしちゃおうかと…寝てしまえば楽になるのになぁ、、、。


そんなことばかり考えてしまう、基本的に自分に甘い鉄平です。



現在、鉄平が店長をしている、備長扇屋 高松東山崎店では、スタッフがびっくりするぐらい少なく、アルバイトを年中募集している状況です。

スタッフのレベルは、はっきり言うと学生が多いため、高くはありません。


ただ、「ひた向きに、がむしゃらに、一生懸命さ」だけが、伝わる店ですので、レベルは高くはないですが、来ていただいているお客さんには、常に温かく応援していただいてる、と、言うのが、現状です。


悪くはないんです…。
一生懸命汗を流すスタッフの姿を酒のあてにするのは…。
応援もしたくなります。


ただ、僕らがしなければいけないことは、応援してくれるお客さんを楽しませる事。

お客さんが、楽しい気分になってもらう。


その代価が、僕らの糧になる。


作業に追われても、何か1つでいいので、お客さんが喜ぶ事をできたら、、、。


それができるのが、プロなんだと考えています。


スタッフは、アルバイトであっても、お客さんからしてみたら、そのお店では、プロなのだから、、、。


そんなプロ意識の基礎を育ててくれたのが、プエルトリコの「毎週土曜日のプロレス大会」だった訳です。


さて、早くもプエルトリコ編第7夜。
長くなって参りました(笑)


TAKAみちのく代表の考えは、実戦で鍛え上げ、実戦から学ぶ。

自分に足りない物があれば、どんな所でも上がり、どんなスタイルでも吸収する。


「毎週土曜日のプロレス大会」は、色々な可能性を実戦から実験する。

そんな時間でした。


この練習が始まったのが、鉄平がDOJOに入り、1ヶ月頃で、日本では、ゴールデンウィークが始まった位だと記憶しています。


第一試合~メインと言った位置付けで、だいたい3~4試合の興行を行う練習でした。観客は、コーチ陣他、試合をしないDOJO生。


もちろん、初期は、試合ができる人数も少なく、シングルやタッグマッチが多かったのですが、コーチ陣が参加してくれるようになった為、幅も広がり、何より、デビュー前のDOJO生にとっては、貴重な体験をしていました。




その当時、興行を開始する合図のテーマ曲は、実は、2リーグのRAVEで、使用していたメインテーマ曲だったりします。


当時、KAIENTAI-DOJOのメインテーマ曲の第一候補の曲で、旗揚げ戦で使われる予定ったんですけどね。


さらには、Hi69さんが、みちのくプロレスで、日本デビュー時の入場曲だったりもします。

さらにさらに、その曲で、旗揚げ前にみちのくプロレスの興行で、サンボ大石 石坂鉄平組vsリッキーフジ マッチョ☆パンプ組の試合のK-DOJO組が入場する際にも使われていました。

この時の試合で使用されたのは、故デッド田辺さんの音響さんへのリクエストだったようですが(笑)


「毎週土曜日のプロレス大会」では、KAIENTAI-DOJO的名曲の数々が使用されていました。

そのまま入場曲に使用された選手も多かったです。

十島くにお(現:十嶋くにお)
サンボ大石(現:大石真翔)
石坂鉄平
MIYAWAKI
柏大五郎
真霜拳號
アップルみゆき(現:ハイビスカスみぃ)
お船
そして、

X's(正しくは、Mr.X)

たぶん、自己プロデュースをする事をTAKAみちのく代表から、常々言われてきたDOJO生にとっては、入場曲も自身のキャラクターを作り上げる1つのツールになっていたんだと思います。




この「毎週土曜日のプロレス大会」では、数々のチームが生まれ、K-DOJOのマットではそのほとんどが実現したのですが、唯一実現しなかったのが、この画像の、通称パラソル隊(本来、十島くにおがリーダーなので、真ん中にいるべきなのですが、、、。)

非常に良いチームだったんですけどね、、、。鉄平の唯一の心残りは、このパラソル隊が、K-DOJOのマットで実現しなかった事と、パラソル隊で更なる進化を遂げた姿を見せられなかったことかなぁ、、、。

この「毎週土曜日のプロレス大会」は、ビデオ撮影され、土曜日の夕食時に全員で視聴。→後に反省会。→次週の課題。

この時間が、唯一プロレス講義の時間でした。

講師はTAKAみちのく代表、YOSHIYAさん、GENTAROさん、上林愛貴さん、、、。

そして、、、。


贅沢K-DOJOの講師のお話は、次回書かせていただきます。


今日も、お付き合いありがとうございました。では、今日は、この辺で。











プエルトリコ編を書き出してから、日本に散らばる同期の2期生や、1期生のみなさんから、温かい連絡を頂くようになった鉄平です(笑)

連絡を頂くと、懐かしさや、嬉しさが止まらなくなります。

プロレスラーとして、本当に良い経験をし、また、TAKAみちのく代表にさせて頂いたのだと、今、振り返ってみても、人生の大事な時間だったと言う思いに駆られます。



さて、今回で第6夜になるプエルトリコ編です。


日々、トレーニングに明け暮れる毎日を送る鉄平達ですが、唯一、日曜だけは、自由時間がありました。

もちろん、ビキンゴGYMで、ウェイトトレーニングをする者、疲れから、1日ぐったり動かない者、中庭にあるプールでリフレッシュする者、1日中VTRを見て研究&勉強する者、様々な過ごし方をするのが日曜日でした。


そんな中、近所にあるショッピングモールに行き、所要を済ませてから、日用品の買い物をしたりする日が、一番の息抜きでした。

よく行ったのが「プラザ・ラス・カロリーナ」

カロリーナと聞いて、リングアナを思い出す人は、かなりの初期~のK-DOJOマニアですね(笑)



鉄平達、DOJO生がよく行っていたモールの名前から、リングアナネームが付けられたのが、初期K-DOJOで、絶叫型リングコールを行っていたカロさんこと、カロリーナあきこさん。

K-DOJOが、2リーグになる頃から、表舞台から、裏方の仕事へ。選手を影から支える仕事をされています。チケット販売で顔を見たことがある人の方が多いかも。


そんなカロさんに、鉄平の引退試合の時には、無理言って、コールしていただきました。その節は、ありがとうございました(笑)

実は、カロさんは、K-DOJOの3期生。
今をときめく、木高イサミやDJニラなんかと、同期だったりします。



話がそれましたが、そんな思い出深い「カロリーナ」では、スポーツ用品店で、$2.50の膝サポーターを練習用に買う。
サプリメントショップでは、特売日を狙ってプロテイン、当時流行っていたクレアチンってサプリメントを買ったり、、、
。最近では日本に進出してきた、OLD NAVYですが、そんな日本進出前のOLD Navyで、日常の服や練習着を買ったりしてました。

色々な店がある「カロリーナ」の中で、一番の楽しみは、ファストフードでの買い食いをすること!

マックは、バンズの大きさが、日本のサイズの倍だったり、レギュラーサイズのドリンクは、日本のLサイズだったり、とにかくアメリカサイズのでかさにびびったり。
タコス専門のタコベル。
ケンタッキーではなく、フライドチキンは、churchs(チャーチス)。
甘い味付けの中華料理、パンダエクスプレス。

だいぶ、色々なファストフード店を巡ったものでした。

何故かって?
DOJOのちゃんこが不味いからですよ(笑)


そんなDOJOちゃんこも、鉄平が2回目にプエルトリコに渡った時には、だいふ改善されましたけどね(笑)
やはり、日本人には、慣れ親しんだ味があるから、2期生が2回目のプエルトリコに行く際には、各自が、日本から様々な調味料(特にカレールー)を大量に密輸してましたので(笑)



そんな休日をDOJO生は、コーチ陣と共に楽しんでました。


この時、様々なエピソードが産まれましたが、それは、また別の機会にエピソード編として、まとめて書きたいと思います。


そんな息抜きをしながら、日々トレーニングに明け暮れていたDOJO生達ですが、2期生の基礎体力が、ほとんど全員しっかり準備をしてきたのもあり、早い段階で次のステップに進むようになりました。


題して、毎週土曜日のプロレス大会!!


発案はTAKAみちのく代表で、最低限の受身や技が出来るようになったDOJO生から、全員の前で、入場曲付で試合をすると言う興行形式の練習が、始まったのでした。

当時2期生の中でも群を抜いて、体も技術もあったのが

この漢、真霜拳號でした、、、。



楽しくも、辛く、難しく、みんなが毎日のようにVTR漬けになった、
「毎週土曜日のプロレス大会」
の話は、次回書かせていただきます

では、今日は、この辺で。