復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -18ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

やる事が満載なのに、残された時間が僅かな状況に陥っている鉄平です。

時間が少なく限られた中で、効率良く後輩を育てつつ、自身の身の回りも整備していかないといけない、、、。

どんたけ追い込まれてるんだ!

まさに、旗揚げ直前のKAIENTAI-DOJOに似た状況が、約15年の時を経て、鉄平の身にふりかかってきました。

デジャブ?

いやいや、歴史は繰り返すものなのかもしれません。


今月はたぶん、休みなんか取っていられないとは思いますが、唯一息抜きの時間として、当ブログを更新してまいります。



このブログを始めたきっかけでもある、香川県のニューレオマワールドのにいちゃんこと、レオマHIROZの皆さんの活動期限が月末までと迫ってきています。

鉄平も時間がある限りは、現地にて、生観戦をしたいのですが…。

後何回見に行けるのだろうか…。



神様は意地悪にも、このタイミングで、再び鉄平に試練を与えてきました。

ただ、乗り越えられない試練はないのです!

KAIENTAI-DOJOも幾度となく試練を乗り越えてきた団体です。その結果として、旗揚げ14周年が目前ですし、15周年のanniversaryまで後、1年とちょっとになったわけですから。


そんなKAIENTAI-DOJOのTAKAみちのく代表が、ノスタルジックな気分に浸りながら、プエルトリコの話をブログで書かれ始めました。

鉄平は、DOJO生側からの視点で、代表は、代表側からの視点でそれぞれ、同じプエルトリコの話をそれぞれの視点で書くのは、なかなか面白いと思います。

ぜひ、皆さん合わせてご覧になって頂けたら、よりKAIENTAI-DOJOと言う団体を深く知って頂けると思います。

よろしくお願い致します。



さて、プエルトリコ編もいよいよ、後半戦に突入。

本日は第19夜。


3期生は本当に劣等生だったのだろうか?

3期生には、1、2期生には無い独特なカラーと、キャラクターが存在していた。


松本だいすけ。通称まっちゃん、もっこりー(笑)
見た目のギャップが多い後輩。
「ロリータ18号」が好きだったり、大人しそうな見た目からは、想像出来ないぐらい感情的だったり、、、。
あだ名の「もっこりー」は、十嶋くにおに名付けられる。
デビュー戦は、確かDDTのマット。
急なピンチヒッターとして、3期生では、唯一旗揚げ前にデビュー。
ただ、旗揚げ戦には出られなかったり。
時が時なら、DDTで、男色ディーノさんに気に入られる位、「いいもの」を持つ男(笑)



木高 イサミ
※イサミごめんな、こんな古い写真で。

3期生の中で、一番の出世頭。
今じゃ団体の代表かぁ。すげぇなぁ。
プエルトリコには、K-DOJO史上最も伝説な男「カウボーイ・ビリー」と一緒にやってくる。
友達同士での入門は、後にも先にもこの2人だけだと思う。
高田道場にて、トレーニングをしていた為、総合の動きははじめから出来ていたかなぁ。
ただ、細身の体だったため、肉を付けろ~とかなり無理矢理食べていた感はあったけど、それでもなかなか体は大きくならず。
ボクサー体質と言われる、要は痩せの大食いがみたいな体質、それが原因だったのかもね。


今日は、2人だけの紹介でしたが、明日は、この2人以外の3期生を紹介していきます。

当時は、できが悪いなど、色々言われていた3期生。
しかし、プロレスは体の大きさでするものでは無いことを身をもってみせてくれたのも3期生だった。

K-DOJO1の個性派集団3期生の話は、まだ続きます…。

では、今日はこの辺で。


ここ2日程、睡眠障害に陥ってしまっている鉄平です。

原因ははっきりしております。

4年ぶりの不安に悩まされ、久し振りの緊張感で、押し潰されそうになっていますが、こうして過去を振り返ると、明らかに過去の方が無茶をしているんだなぁと、我ながら関心してしまいます(笑)


そんな過去の事を最近綴っている当ブログですが、様々な人に読んで頂いているみたいで、有難い限りです。

昨日も、後輩からこんなツイートを頂きました。


ええ。かわいい後輩からのツイートですが、文章の節々から、先輩の事をノーリスペクトですよってのが伝わって参ります。

明らかに、
「先輩達の無茶話を聞きながら飲む酒は、絶対に旨い。」
「無茶話をネタにしながら笑いたい」
「プエルトリコに行かなく良かった~」
の三本柱が見え隠れしております。

笑顔の裏に隠された後輩の腹黒さは、4期生「旭 志織」から脈々と受け継がれたに違いないと、確信しております。

ただ、プエルトリコ組と言われし1~3期生は、確かに全員がトンパチだったのかもしれませんが、日本組と言われた4期生~の後輩達が、僕達の思い、技術、様々な失敗からの反省をしっかりと受け継ぎ、発展させて行ってくれたからこそ、現在のKAIENTAI-DOJOがあるのだと思っています。

この場を借りて、
「ありがとう!!後輩達!!」
そして、
「あんまり先輩をいじるなよ~」



さて、今夜でプエルトリコ編も第18夜。


2001年の6月頃を境に、2期生は皆、一時帰国の途に着きます。

そして、何度か話にも出てきているのですが、一時帰国の目的は、長期観光ビザ取得と、次の渡航費用を稼ぐ事なのでした。

なので、2001年の6月後半~2001年9月2週目まで、プエルトリコで何が起きていたのか!?その辺りは、鉄平も知らないのです。

是非とも、この間隙の期間の話は、1期生のMIYAWAKIさん、柏さん、マイクさん、お船さん辺りに語って頂きたいものなのですが、、、。

あ、唯一2期生で語る事ができるのが、真霜拳號。
まぁ、でも、100%語らないでしょう(笑)  


ただ、後から聞かされた話では、今をときめくジャパンドリームを掴み取ったある外国人レスラーが、その間にプエルトリコのDOJOを訪れ、DOJOマッチをしていたのがきっかけで、後に、K-DOJOへレギュラー参戦することになったのでした。

その話は、また別の機会に。



帰国の途についた我々2期生は、帰国前にTAKAみちのく代表から、あるものを頂きました。
ビザを取得する際や、イミグレーション(入国審査)で、困った事があれば使いなさいと。

それが



TAKAみちのく代表の名刺です。しかもWWF時代の貴重なものです。(※本名の欄と電話番号の欄はプライバシー保護の為、加工してあります。電話番号は、当時代表が住んでいらっしゃったマンションのものと、故ビクター・キニョネスさんの自宅だったとおもいます。)

肌身離さず持っていたので、ボロボロになっていますが、未だに捨てずに取ってあります。これこそが、鉄平がプエルトリコに渡った証明書でもある訳なんですけどね。


房総ボーイ雷斗と一緒に、あの危険な時期に渡米した際に、この名刺で入国審査を通ったといっても過言ではありません。

事実、この名刺を持って来なかった雷斗君は、入国審査で引っ掛かり、別室に連行されそうになっていましたが、鉄平が、慌てて、
「My friend! We go together」
と、片言で話した際に、名刺も見せていた事もあり、事なきを得たエピソードもあるぐらいです。

それ位、WWFの認知度は高かったわけで、改めてそこに所属していた代表の凄さを知ったのでした。


そんな雷斗とともに到着した時に迎えてくれたのが、3期生の松本だいすけでした。

当時、既に3期生はスタートしていて、松本だいすけの他にMss.Xなど、3名がプエルトリコ入りをしていたのでした。


さて、やっとこ時間軸が2001年の下半期に入ってきました。

この後、数名の3期生がプエルトリコ入りをするのですが、2期生と比較され、劣等生の烙印を押されてしまう、3期生達、、、。

しかし、その中には、プロレス界に大きな爪痕を残し、君臨する者も出てくるのです。


そんな3期生の話も交えながら、プエルトリコ編は、後半戦に入っていきます。


では、今日はこの辺で。








右膝の爆弾が、最近やたらと疼き営業中ストレッチを強要されることの多くなってきた鉄平です。

筋力が衰えてきているのを肌で感じ、ダイエットをするより筋トレを選んでしまうような、特殊な一般人生活を送っております(笑)


皆さんは、どんな時にお酒を飲むのでしょうか?

嬉しい時、悲しい時、ストレスMAXな時、季節の節目、歓送迎会、同窓会、時間潰し、ご飯と一緒に、、、etc.


どうしても職業柄、色々な人達の喜怒哀楽を目の当たりし、楽しんで貰える事ばかりを考えながら、営業してしまうのですが、、、。



先日の話ですが、、、。
お会計をして満足気なお客さんが帰る際に、扉を閉め忘れた為、冷たい空気が店内に入り込んだ時の事です。

もちろん、スタッフが気が付き扉を閉めるのが当然何ですが、作業に手間取り閉めに行くのが遅れてしまった…。

そんな時、一番冷たい空気を受けてしまう席のお客さんが、自ら扉を閉めたのですが、明らかに不機嫌そう。。。

ついつい鉄平は、そんなお客さんを見てしまうと、自分の指導力を反省しつつ、絵顔を作りに行ってしまうのです。

その時は、無駄にテンション高くお客さんの前に行き、足をもつれさせ、派手に転ぶ…。


分かりやすいほどベタなリアクション芸ですが、そんな一発でお客さんの空気を変えてしまえれば、楽しかったと言う印象が、不機嫌な一瞬を消し飛ばしてしまうものなのです。


そんな表現力もプエルトリコで、徹底的に学ばして頂きましたした。


プエルトリコ編も今夜で第17夜。

プエルトリコ=アメリカ領なのですが、基本的スペイン語が第一言語な場所のため、ラテン系のノリが強い地域でもあります。

鉄平が、カミカゼクランとして、ドラゴン真壁(真壁刀義)さんのセコンドに付いて居たときも、日本では考えられないくらいのベタなリアクションをすると、会場からは、地鳴りのようなブーイングや、逆に、ベビーフェイスの対戦相手にセコンドながら、ボコボコにされると大歓声が巻き起こるような事が、どんな会場でも起きていました。


会場のお客さんが、何を望んでいるのか?

そんな事を考えながら、時には試合に介入したり、相手にボコボコにされたり、でも、ドラゴン真壁さんの勝利に貢献しつつ、大ブーイングと紙コップや氷が飛び交う中花道を歩きながら引き上げたり。


TAKAみちのく代表の良く言われる、「プロレス頭を鍛えろ!!」と言う言葉の答えと、実践するチャンスは、プエルトリコのセコンド業務の中にたくさんあった気がします。



ただ、試合を終えて、深夜に8D(オチョディ)に帰ってくる僕達DOJO生には、余韻に浸りながら飲むお酒の場はなく、翌日からの練習のために寝床に直行する選択肢しかなかったのでした。


ただ、そんなDOJOにも、みんなでお酒を飲む機会が、二度ほど有りました。

一度目は、2期生の真霜拳號が、日本デビューの為に帰国する直前の壮行会。

もう一回は、2001年の年末に行われた大忘年会。


真霜の壮行会は、確か、ハードロックカフェ(街まで出て店で飲んだので、店の名前が確か、、、。)で行った気がします。

その場で、初めて同期と酒を酌み交わし、皆で夢を勝手に語っていたかなぁ。

途中で陽気な現地の方々に絡まれ、片言の日本語で
「ミサワー、ミサワー」って、言ってたのですが、後から考えたら、米軍所属で三沢基地に配属されていた方々だったのだと思うのですが、、、。

そこは、プロレスラーを目指す集団ですから、「ミサワー、ミサワー」なんて言われたら、思い浮かべるのは、ただひとつ!

普段は現地の方々に話しかけられても、「何言ってるかわかねーよ!」と日本語で答えていた、十嶋くにおも、
「お?何?ミサワー?エルボー、エルボーミサワー?」

と、上機嫌返事を返していました(笑)

たぶん、現地の方々も、三沢基地の話を振って、エルボーって返ってきたら、、、困惑してたとはおもいます(笑)



2度目の大忘年会の際は、お世話になっていたドラゴン真壁さんも参加でした。


大変お世話になっていたので、密かにDOJO生達は、ドラゴン真壁さんとTAKAみちのく代表を酔い潰すぞ!!と、画策していました。

大忘年会では、代表自作の「毎週土曜日のプロレス大会」名場面集が、放映されたり、とにかく無秩序な空間が繰り広げられておりました。

その時飲んだお酒は、「クアーズ」や「コロナ」などビールから始まり、「バカルディー」や「テキーラ」など度数の強いお酒へ。

ドラゴン真壁さんは、みんなが必死に飲ませようと、お酒を注ぎに行くと、
「まぁ、飲めよ!」っと、逆にお酒を注がれるパターンで、何人ものDOJOが、トイレ送りに合いました…。鉄平も、もちろんその1人です、、、。

鉄平の場合は、体育系大学出身の為、トイレでスッキリさせるとその後も割かし無理の利く体質だったので、この日の事は、けっこうしっかりと覚えています(笑)


仕方なく次なるターゲットとして、TAKAみちのく代表に襲いかかるDOJO生達。


スペシャルブレンドのカクテルを一気飲みさせる事には成功するも、「倍返しの刑」を喰らい、ほぼ壊滅。

代表をかなりフラフラのところまで追い込むも、陥落ならず、悔しい思いをする、、


挙げ句、1ヶ月後の毒針日記では、その内容も取り上げられるが、
「まだまだ、甘いな!」
の、一言が、、、。

いつかギャフンと言わせる事を誓ったDOJO生達だったのでした。

ちなみに、数年経った後に


同期のこの2人が、ファンの前でリベンジを果たすことなる。


それは、またいつか綴ります(笑)


さて、今夜も長文にお付き合い頂きありがとうございました。

次回は、遂に待望の3期生が現れます(笑)


では、今日はこの辺で。