復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -17ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

先週、突然の相談事を受けてから早くも1週間が経過しようとしています。

今月は、新人のトレーニングに、新しい店のチーム作りに、店内の修繕に、、、と様々な事を考えていたにも関わらず、うまいこと起動に乗せられないまま、時だけが過ぎていき、焦る毎日を過ごしている鉄平です。

時間がいくらあっても足りない位なのに、、、。そんな焦りがあるからこそ、ブログにて、現実を逃避して心の焦りを取り除こうとしています。


実際は、ブログ作成に時間がかかるため、余計に自分を追い込む羽目になっているのですが、こればかりは、やめられまへん(笑)


さてさて、今夜でプエルトリコ編は第22夜。


前回のブログの続きになります。



プロレスラーは、リングに上がる際に名乗る、リングネームが存在します。例えその名前が本名だとしても、リングに上がる際に、コールされる名前はリングネーム。


そんなリングネームは、どのようにして生まれるのか?

プエルトリコ編では、いくつかそのような秘話をさらりと書いてきました(笑)

カロリーナあきこ、十嶋くにお。※「始まりのプエルトリコ⑥と⑩参照」

では、この男の場合はどうだったのか?


2夜連続登場のDJニラさんです(笑)

当時、「毎週土曜日のプロレス大会」では、Psychoと、MsXが組んでいたのですが、MsXは、当時、「ナメポ」リングネーム(仮)で、サイコ、ナメポ組として試合をしていました。

ここにリングネームが無かったニラを絡ませる事になったのですが、いいリングネームは無いか、TAKAみちのく代表が、思案れていたところでした。

ある日たまたま、代表カーで、MIYAWAKIさんと鉄平が、代表をお迎えに行き、DOJOまでお連れする当番の時でした。

代表「アイツ(ニラ)のリングネーム何か良いの無いか?サイコ、ナメポにつづく何か、、、。」

鉄平「何か、サイコ、ナメポって、アフリカ系の民族みたいな名前ですよね(笑)」

代表「確かになぁ。じゃあ「アダモ」にでもしちまうか?」

鉄平「いやいや、流石にまんまじゃないですか、、、。」

こんな感じのやり取りの会話をしていた時、世界のMIYAWAKIが口を開く。

MIYAWAKI「ニラってどうですか?」(何故か半笑いで)

代表「なんだそりゃ?ニラ?」

MIYAWAKI「いや、何となくですが、音的な響きのみですが、、、。アフリカっぽくないですか?」

代表「、、、。」

代表「にら、ニラ、ニラかぁ、、、」

代表「サイコ、ナメポ、ニラ、、、。」

代表「良いかもな(爆)」

代表「よし!それで行くか。」


と、まぁ、こんな感じで、歴史的瞬間に立ち会ったわけです。

つまり、DJニラのニラの部分は、世界のMIYAWAKIが、名付け親なわけです。

その後、自らDJ「デビルジョーカー」をくっ付け、DJニラのリングネームは、誕生したのでした。


この他にも、リングネームにまつわる誕生秘話は、幾つかあります。

この続きは、また明日で。

では、今日は、この辺で。



※現在、KAIENTAI-DOJOのプエルトリコ時代については、鉄平の他に、TAKAみちのく代表、同期の、房総ボーイ雷斗が、同時進行で、各ブログで綴っています!!

是非とも、他の1~3期生も、ブログ等でプエルトリコ時代を語って頂きたいものです。

個人的には、MIYAWAKIさんの参戦を望んでいますよ!!




最近TAKAみちのく代表が、自身のブログで始めている、プエルトリコの話を見るたびに、ブログなんて無い時代に、週プロさんで連載していた「毒針日記」を読んで、プエルトリコに行きたがっていた頃の自分を思い出す鉄平です。

1期生の募集が「毒針日記」でされた2000年6月頃、鉄平は何をしていたのか、、、。


実は、母校の高校で教育実習をしていました(笑)

エエーッ!!意外って思う人は、現役時代の鉄平を良く知っている人なんだなぁと思います。そりゃ、元祖「馬鹿兄弟」として、レスラーやってましたからね(笑)


まぁ、これで教えている教科が「数学」「英語」「音楽」とかだったら、より良かったのかもしれませんけどね、、、。

残念ながら、「保健体育」でした。


一応、教員免許は、持っていたりします。たぶん、もう失効しているとは思いますが、、、。


教育実習の控え室で読んでいた「毒針日記」が、鉄平とK-DOJOの出会いでもありました。



さて、プエルトリコ編は早くも第21夜。
3週間かきっぱなしですね(笑)

終わりが見えないので、どこかで、1度区切りを着けないといけないかもですね。


3期生の最後にふさわしい!?人物が鉄平達の前に現れた。それが、

DJニラです。

個性派の3期生の中で、群を抜いていたのが、この男でした。


ニラが、来た頃には、KAIENTAI-DOJOは、既に団体になることが決定していたので、練習も実戦形式が増え、厳しい時期でもありました。


また、当時は、TAKAみちのく代表も肩の手術が終わった後で、ほぼ毎日練習を見てくれている時期でもあり、旗揚げに向けて、リングネームや各自のフェイバリットを考えたり、ベビーフェイス、ヒールを各自両方やってみたり、とにかくセルフプロデュース力をつける実戦練習がメインでした。

そんな中で、ニラは、飛び抜けて身体能力が高くもなく、いや、どちらかと言えば、基礎体力も運動能力も低い上に、3期生最後の入門とあって、初期からいるメンバーとの差が出てしまって、逆に目立ってしまうほどだった。


しかし、そんなニラも、寮での生活では、良く喋るヤツで、1、2期生からも、アイツの喋りは面白いなって、言われていて、、、。


そんな中で、DJニラが生まれるような出来事が起きたのでした。


3期生を中心にとあるプロモーション用のコメントを撮った時のことである。
自己プロデュースの練習的な要素が強い撮影だったのだが、ニラは、カメラが回った途端に、人が変わったかのようしゃべり方で、内容はほぼ適当。

しかし、その独特な言い回しが、物凄くインパクトを与えてきた。
1、2期生はもちろん、代表もコーチ陣も爆笑。

これが代表の目にとまり、ニラは、強くなるよりも喋りで目立つレスラーを目指す事になったのだった。


その結果、旗揚げ直前のGAORA sports での「This is KAIENTAI DOJO」の第1回放送で、その全てのインパクトを拐っていったのだった。

未だに、当時の「This~」一回目放送は、謎のベールに包まれたKAIENTAI-DOJOを紹介する内容だったのだが、DJニラの頑張りが光り、秀逸な内容だったと思います。


DJニラを含む、K-DOJOの選手のリングネームの秘話は、また次回に綴っていきたいと思います。


では、今回はこの辺で。

今日は、朝からやらかして、背中の筋肉を肉離れしてしまった鉄平です。

左の背中が、ピキッと鳴った瞬間に呼吸するのですら痛みを伴う状況でして、、、。

いかにも運動不足と休養不足の結果としか言いようがない…。

そんな中、無理矢理仕事をして、ぐったりとしております。


今日は、常連のお客さんより
「いつも、頑張る力を頂いていますよ」
と、有難い一言をいただきました。


表現者としては、最高の誉め言葉を頂き、MAXテンションがあがり、サービス業でしかできない応援の仕方を実感できた瞬間。

ただ、その一言をもらうまでに、時間をかけて努力しないといけないのも確かで、それだけが仕事出ないのも、この店長という仕事の大変さでもあります。


プレイングマネージャーは、プレーヤーの3倍は疲れるものですから。


さて、プエルトリコ編は第20夜です。






鉄平が2度目のプエルトリコに渡った時に、既にいたのが、MsX。

8月にバークリー(バークレー!?)音大を卒業したばかりの子で、鉄平と実は同い年!?あ、いっこ下だったかな?まぁ、それぐらいで、一見まともそうなんだが、実は、ぶっ飛んだ発言をするような爆弾っ子。

K-DOJOで唯一、絶対音感の持ち主(笑)(当たり前か)で、当時は携帯電話も、3和音や16和音って言われていた時代なので、着メロ何かも、かなりチープだったんだけど、その携帯電話の着メロをMIYAWAKI氏のお願いで、作り上げる程の腕前。

ちなみに、その時作ってくれた着メロは、
「大五郎マーチ」(笑)

体は大きいが、文化系のため、なかなか技術が向上はしなかったものの、がんばり屋ではあったかな。


そのご、レフリー志望のジャッキー宏江が、入門。
旗揚げ戦ではメインレフリーをしたのは、トミー茨木ではなく、こっちの方。
旗揚げ後数ヶ月で、家庭の事情により退団を余儀なくされていたが。

ジャッキー宏江のジャッキーは、ジャッキー・チェンのジャッキーではなく、実は、、、。

とある用事で、MsXとジャッキーが、TAKAみちのく代表の車(通称代表カー)で、出かけていた時に、ガソリンスタンドで道を聞きがてら、給油をする際に、外に出た時、まさかのカージャックに遭遇する。


ガソリンは、ギリギリの状態だったので数100mで、ガス欠になり、犯人も逮捕され事なきを得たのだが。


犯人が銃を持っていたり、凶器があったらと思うと、洒落にならないわけで。。。まぁ丸腰でかつ、運転していたのが、レフリー志望の子で、MsXは、道を聞きにスタンド内にいたし、色々な奇跡がかさなり、全員が被害なし。


さすが、プエルトリコと思うような奇跡の出来事。


それ以来、宏江は、ジャックされた男、「ジャッキー宏江」を襲名されました。


そして、最後の3期生として、あの男が、海を渡り、プエルトリコにやってきた。


と、今日は、この辺で(笑)

続きはまた明日で。