先に入ったもの、その分野でキャリアの長い者が、先輩。
後から入り、キャリアの短いものが後輩。
プロレス界において、KAIENTAI-DOJOは、まだまだ、15年に満たない若造であり後輩なのだけれども、その中の1期生は、KAIENTAI-DOJOを創る上で、最もキャリアが長く、0から土台を作ってきた功労者であり、偉大なる先輩達になるわけです。
所詮、僕達2期生は、その先輩達が作ってくれた土台の上で、KAIENTAI-DOJOと言う建物の骨組みを作っていっただけに過ぎない。
そして、その骨組みから、様々な外装と内装を後輩達が作ってくれ、今のKAIENTAI-DOJOがあるわけで、最も新しいNEX-4のメンバーは、そのKAIENTAI-DOJOと言う建物をどのように改築していくか、と言うのが、今後の未来のKAIENTAI-DOJOになっていくわけです。
当たり前の事を仰々しく書いてしまうほど、「思考回路はショート寸前」な、鉄平です。
さて、今夜は、プエルトリコ編第16夜です。
KAIENTAI-DOJOの土台を作りし伝説の1期生の話を綴っていきます。
僕達2期生にとっての1期生は、やはり、尊敬すべき対象であり、仲の良い近所の兄ちゃん、ねぇちゃん的な感覚の存在。

MIYAWAKIさんは、プエルトリコ時代最も頼りになる先輩でした。
「What's the hell are you doing?」
MIYAWAKIさんと言えば、初期の決め台詞は、これ。
何故頼れる先輩なのか?
英語がペラペラだったんです。
しかも、スペイン語も理解できた上で、話せたんです(笑)
もう、それだけで心強いですよね。
IWAプエルトリコの試合でカミカゼクランとして、同行する際、MIYAWAKIさんは、必ず同行でした。
会場への道に迷ってしまっても、現地の人と話して会場の道を聞いたり、会場でレスラーと会っても、通訳してくれたり。
お陰様で、ヒアリングだけは、出来るようになりましたよ。まぁ、ただヒアリングで相手が何を言っているか、理解はできるのですが、単語を知らなすぎて、伝える事は、出来ないんですけどね(笑)
そんなMIYAWAKIさんだからこそ↑の決め台詞が、活きてくるわけです。

マイク佐藤コミッショナー。
いやいや、鉄平の中では、マイクリーjr.ですね(笑)
マイクさんは、KAIENTAI-DOJOの様々なロゴを作り出した、選手兼裏方の重要人物です。
コミッショナーになってからは、裏方の仕事を中心にされているので、どんな仕事をしているか皆さんは、あまり知らないとは思うのですが、鉄平が画像で使っているK-DOJOのパンフレットのデザインや、

古い記事ですが、画像右上の写真の壁に書かれたK-DOJOのスプレーイラスト。これ何かもマイクさんの作品です。
こんな大変な仕事をしながら、旗揚げから約6年もの間、選手として、何も語らない無言のキャラクターを作り続けたマイクさん。
実は、お笑いにかなり厳しい人でもあり、鉄平が、ドリフのネタをオマージュする際には、色々意見を頂きましたし、熱尻鉄平の代名詞でもある、「ヒップアタックを避けられ、コーナーやロープにハマる」このプロレス界で、誰もやったことの無い、前代未聞のフェイバリットムーヴも、何を隠そう、マイクさんの一言がきっかけで生まれたのでした。
そんな1期生は、本当に才能塊だったんです。
その様々な分野での才能の塊が土台を作ってくれたお陰で、2期生はプロレスに集中でき、11名もの選手が生まれたんだと思います。
いつか、K-DOJOでプエルトリコ組の同窓会でも開きたいものですね。
あの頃を語りながら、それをつまみに酒を飲む、、、。
うーん、自分が、年を取った事を実感します(笑)
明日は、最後に酒の話が出てきたので、、、プエルトリコにおけるお酒の話をしてみますかね。
では、今日はこの辺で。
※結局、長文になりましたね(笑)

