復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -13ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

昨日から、部屋にて筋トレ(通称部屋トレ)を始めたものの、体中がっちり筋肉痛で、動けなくなっている鉄平です。


本日で、熊本の震災から1週間たちます。


K-DOJOの後輩、上越たくこと、安澤たくや、K-DOJO元レフリー、くまちえこと熊本ちえも、今回被災しております。


たまたま、連絡がついたので、鉄平からは、

「無理と無茶はするなよ、焦るなよ」

と、エールを送りました。



直接は何もできないし、メールでエールを送る事しか出来ないかもしれないけど、6年ぶり位に、一緒の釜の飯を食った人からの意外なメールだけでも、元気が出たりするものなんだと、、、。


被災をしている人達は、救援物資ももちろんなんですが、心の支えが、一番必要なんだなと。


もちろんなんですが、心配をしたり、励ましたりすることも大事ですが、鉄平にできる事は、このタイミングで再開したブログで、一時の心のエナジードリンクにでもなればと思ってます。


さて、さて。プエルトリコ編です。




書くなと言われると、書きたくなるのが、心理です。

※この写真は2003年の週プロ選手名鑑参照

2003年の選手名鑑は、2002年の後半に写真を取られ、アンケートを書いたりするので、あえて、当時の写真を引用しております。

この頃のボスは、新日本プロレスで派手に凱旋マッチをせず、KAIENTAI DOJO初の後楽園大会で、凱旋マッチをサプライズでする荒業を披露しております。


K-DOJOファンからすれば、凄いサプライズ。

ただ、当時の新日本プロレスファンにしてみたら、え?なんで?位な感じなのかもしれません。

「全部ひっくり返す!俺の根性みせてやる!」

と、ボスが、コメントしておりますが、ここから8年後、この言葉通り、全部をひっくり返したボスは、流石でした!



と、ここまで、持ち上げたら、多少の事は目をつぶってくださいますよね?ボス?


ボスは、基本的に、練習は嘘をつかない、と言う言葉をいつも口にされる人なんで、できる、できないじゃなく、常に努力しているDOJO生には優しく、兄貴みたいに接してくれました。

その逆に、少しでもサボりが見えたりすると、厳しく接するのではなく、無視をします。それは、その人達が気付くまで何もしてくれませんし、何かしてあげても無駄だと言うのを良く知られている、ボスなりのプロ意識の意識付でもあったわけで、、、。


ある意味では、カミカゼクラン組(ボスとリーダーのセコンド)には、練習後に、さらに仕事を無償でするため、特に色々教えて頂いたのをいまでも覚えてます。

ただ、移動の車のなかでは、長○さんのものまねや、タイ○ー○部さんのものまねなどを披露されては、みんなを爆笑の渦におとしていました。


また、試合後や四連戦最終日は、非常に面倒な事に、リアルジャイアンになります。


移動中、急に、
「腹減らねぇか?マックよってくれ!」

と、ちゃんこを食べて腹パンパンな鉄平達を無視するかのように、マックに寄り、アメリカンサイズのマック(今のグランビッグマックのサイズ)を、鉄平達に振る舞い、


「良いから喰え、遠慮すんな!」

と、言ってみたり(遠慮じゃなく、食べる事が出来ない状況なのですが、、、。)

マックを出て5分後には、

「やべっ!トイレに行きたい」

と、まさに、やりたい放題。


OFFの日は、夜な夜な飲みにいくぞ~と、お酒をそんなに飲まないのに、夜の街に繰り出したり、とにかく僕らDOJO生に散財を繰り返す日々。

真壁さんは、ストレス発散だから、気にすんな!と言われるが、当時の鉄平達は、いつかは、真壁さんにごちそう出来るようになる、そんなレスラーになってやる!って、当時は思っていたものです。


最近は、仕事もしているし、給料ももらっているんですが、未だに会って、飯を食べても、一銭も出させてくれない…。

「いいんだよ、俺のストレス発散だから、気にすんな!」

会う度に、同じこと言われ続けて早15年、、、。

お互い変わらないっすね。


真壁さんの「だから、俺はプロレスで夢を追う!」にも、ありましたが、、、。

たしかに、プエルトリコでの話は、書けない事だらけですねボス。


ってなわけで、今後は、真壁さんには、ショートエピソードで登場して頂くようにします。


というわけで、最後に、再び、登場させておきます!ドラゴン真壁です。


というわけで、今日はこの辺で。





日本人の運動不足で、メタボな体型が増えている昨今、、、。ラジオ体操で筋肉痛になる程、運動不足な鉄平です。

いやいや、運動不足は認めますけど、みなさんもラジオ体操第一と第二を続けて、しっかりやってみてください!

確実に筋肉痛になると思いますよ…。



え?ならない?



そ、そうですね、、、。体重50kg以下の方でしたら、支える体重が少ないので、ならないかもですが、身長170cm、体重75.5kgの鉄平は、無駄に肉を背負ってますから、、、。

75.5kgのうちの、何%かの筋肉を目覚めさせるように、本日から、新弟子トレーニングのやく40%位のメニューから、トレーニングを開始しました。

さて、3ヶ月後、半年後、どんな体型になっているかは、、、お楽しみに…。



プエルトリコ編で、リングネームに触れてきましたが、所々で、あの方の話題を入れていかないと、失礼にあたるので、今日は、久しぶりに、ボスのネタです。


K-DOJOで、ボス=真壁刀義(新日本プロレス)さんを指し、リーダー=藤田ミノル(フリー?)さんを指します。


最近は、鈴木軍で、TAKAみちのく代表が、鈴木みのるさんを「ボス!」と呼んでおりますが、プエルトリコ時代、真壁さんをボス!ボス!呼んでいた僕らを観ていたので、自然と出てきた言葉なのでは?と、勝手に推測しております(笑)



さて、そんなボスの話題ですが、つい先日、高松でイベントをされ、その際にお会いした時ですが、こんな会話をしておりめした。



鉄平「ボス!最近、ブログで、プエルトリコの話を書いているんですが、、、」

真壁「ほぉぉぉ!!」

鉄平「あ、いや、何処まで書いて良いんですかね?」

真壁「あ?ダメだろ!書いたら、、、。書いちゃいかんだろう。むしろ、書けないだろ?そう言うことだ!」


鉄平「あ、、、。いや、すでにドラゴン真壁の写真をアップしてしまったのですが、、、。」


真壁「ダメだろ~!!あの頃のすべては、闇に封印する予定なんだから、、、あの写真を世に出したらダメだろ~。」


鉄平「すみません。でも、今日の金プロのカードのヤングライオン時代のカードも相当でしたよね、、、」


真壁「だから、ダメだろ~!!もう、なぁ過去の事は書くな!」



この頃、ボスは、「びっくらこいた箱」の放送で、過去の話に敏感になられていたみたいでした、、、。



という事で、ボスから許可も降りた!?ので
、ギリギリのラインで選んで書いていきます!



2002年、K-DOJOのプエルトリコ組と一緒に過ごした頃のボスのプロフィールです。(週プロ選手名鑑参照)

この当時は、趣味、読書(官能小説)をリーダーにやたらいじられる、ボスの姿がありました、、、。


鉄平と真壁さんは、プエルトリコ時代から、鉄平が真壁さんの学生時代の後輩、オ○キさんに容姿が似ている事から、毎日、「おい、オ○キ!!」と、呼ばれては、雑務をしながら、付き人のような関係となっていました。


現在もその間柄は、変わりないですね(笑)


なので、たまに会うと、学生時代の話をされたりもしますが、、、。いや、学生時代の話は知らないです!!と言うと、必ず、あれ?あ、オ○キか、、、。と、普通に間違わられるしまつです。


そんなオ○キの呼び名も2週間程で、「へいじ」に変わっていきます。


因みに、真壁さんに未だに「鉄平」と、呼ばれた事はないのです、、、。

真壁さんのブログには、始めの頃は「元K-DOJO石坂鉄平」と、書かれていましたが、しばらくすると「元K-DOJOのへいじ」、さらには、「高松の舎弟へいじ」と、あ、扱いが、、、。


確実に、雑になってきています(笑)






そんな、皆から好かれるボスなのですが、、、


と、今日は、長くなりそうなので、続きは明日に、、、。今日は、この辺で。
限界だぁ
限界だぁ~。
もう、無理!限界です!

と、現役時代は、口癖のように発言していた鉄平です。


ネガティブな言葉を吐き続けながら、本人は本気で厳しいとアピールしているのですが、何故か周りは、いつもニヤニヤしながら、また始まったよ~的な態度を取ります。

何故なら、そんな事を言いながらも、毎回きっちり仕事をこなしてしまう鉄平を何度も見ているからなんです、、、。


いや、けっこう無理してるのよ…。


しかし、そう鉄平が、言っても、周りは、、、


限界な奴は自分から限界だぁとは、言わないからなぁ。限界な時は何も言えなくなるか、倒れるか、どちらかだから。と、いつも言われるのです。

↑までは、2ヶ月前に書いて保存していた記事です。


、、、。


、、、たしかに。


この2ヶ月間、何も言わずに仕事をしていたなぁと。それだけ限界だったのかもしれない、、、。


そんな2ヶ月間から解放され、いよいよ再開します。

始まりのプエルトリコ24です。



K-DOJOの所属選手は、本名非公開です。


ただ、リングネームを作る際、やはり、本名がベースになるのは仕方ありません。

前回の23で、鉄平のリングネームにも振れましたが、

基本的なリングネームの作り方としては、ドリフターズと同じです。

苗字が本名だったり、名前が本名だったり、、、、。


石坂(本名)
鉄平(リングネーム)

こんな感じです。





真霜(本名!?)
拳號(リングネーム)

真霜は、2期生の同期の中でもズバ抜けて早くデビューした男。

プエルトリコでのリングネームは、

「クロサワ」

だったような気がします、、、。
この辺りは、さすが、ラテン。
適当ですよね…(笑)




元々、合気道と拳法を組み合わせた武術「合気拳法」を大学時代にしていたこともあって、リングネームに「拳」の字入れたかったのは、TAKAみちのく代表。

特にこだわりはなかったのが、真霜。


拳の字を使う為、「ケンシロウ」「拳四郎」なども候補があったみたいです。


これは、流石に真霜本人が却下したみたいですが、、、。

もし、仮に「真霜拳四郎」だった場合、「柏大五郎」との、兄弟タッグもあり得たわけで、、、。

本当にリングネーム一つ、いや、一文字で、レスラーとして人生や道が変わって行くのだろうと考えてしまう。


一番可哀想なのが、


若手時代のJOEさん。

これは、貴重な「ジョー青山」時代のサイン会での写真。with熱血鉄平

ジョー(本名)
青山(リングネーム)


みなさん、「青山」が、本名に思っている人が多かったのですが、実は、「ジョー」の方が本名。


ただし、苗字の中に色が入っていたため、イメージで青色、身長がでかいから山。

これが、ジョーさんのリングネームの由来。


ただ、デビューして一年~二年の間は、「青山」→「緑山」→「赤山」。

そして、JOEと、会社の都合いや、TAKAみちのく代表の都合でリングネームがころころ変わってしまう。

リングネームとしては、哀しき歴史のあるレスラー。


しかしながら、最後に着地したJOEが
大当たりし、KAIENTAI DOJOで、一時代を築いた「ハンサムJOE」へと、変貌していく。


元々アメリカンプロレス思考が強かったジョーさん。

JOEと言うリングネームになることで、その才能を開花させていく。


親から貰った本名と、会社から貰ったリングネーム。

由来はあれど、やはり、大事にしつつ、大切なものなのだと、再認識させてくれる、、、。

とりあえず、久しぶりのブログですので、今回は、この辺で。