復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON! -10ページ目

復活!?熱尻 石坂鉄平のパイルダーON!

元プロレス団体KAIENTAI-DOJO、現(株)ふたば所属の石坂 鉄平が綴る、日々の日常と非日常の体験記。

最近、生活のリズムが12時間程変わってきた鉄平です。


プロレスラーをやっていた頃でも、早くて寝るのは深夜2時前ぐらい。
居酒屋の店長時代は、早くて朝4時、遅ければ、朝7~8時。そんな鉄平が、朝は5:45には起き、夜は12持には眠くなる。

健康的ですなぁ(笑)

ただ、最近始めた、3回目の新弟子生活は、テコの原理と言うか、コツがある程度必要となる職場。

現時点では、力をフルに使ってやっているため、疲れるし、筋肉痛にもなります。
所詮は新弟子ですから、技術を身に付けるまでは、本人の努力と意欲が、必要なわけで、、、。


それまでは、とにかく力を抜くことなく、全力でコツを掴むまで動いていきます!!

いやぁ、新弟子ですな、、、。ただ、若くないですから、なかなか叱ってはくれません。叱られる事に、喜びすら感じる今日この頃です。

レスラー時代から、15年経過してますから、もちろん、空気を読んだり、作ったりもできるようになりましたが、新弟子の初心は、いつになっても忘れてはいかんものですね。

虎視眈々とデビューするその機会を伺いながら日々修業に従事ております。


さて、千葉での生活ですが、新人の頃はよくこの男とつるんでおりました。


はい、ハンサムでない頃のJOEです。

※この写真は、実は少し加工していますが、ハンサムな頃のJOEです(笑)

なぜかこの画像が残っていたのかわからないのですが、明かに自撮りしています。

たぶん、試合中もしくは、ちゃんこ販売中に勝手にいたずらをしたものだと思われます。

なので、世に出しておかないと!(笑)


基本的には、旗揚げ戦の辺りはほぼ毎日のように、近所の散策(探検)をしたり、お互いに見つけたプレイスポットを練習後の食事の際に情報交換をしたりと、まぁそんな感じで、千葉の生活の場を広げて行きましたわ(笑)


BlueField界隈では、当時もの凄く熱いプレイスポットとして浮上したのが、ドンキホーテ。

食品もあれば、生活の雑貨もあるし。


しかも、そのドンキホーテの横には、BOOK・OFF。


そりゃあ当時の生活で、寮に漫画が溢れたのは仕方なかったのかもしれません。



そんな当時、よく読まれていたのが、このスラムダンクでした。

旗揚げの不安を取り除くかのように、ポジティブな思想をここでよく、植え付けていたなぁ。

さて、今日は、この辺りで。

次回は、JOEの信じられないエピソードを書いて行きます!!
本日は、新しい生活が始まってから、初めてのおやすみ…。

あれだけ欲していた休みをいざ貰うと、何にもできず、むしろ、1日ぐったりして二時間に一度は、寝落ちを繰り返した幸せな鉄平です。


千葉の生活も初めの頃は、午前中練習→ご飯を食べて、昼過ぎ練習→ご飯をたべて、自由時間→ウェイトトレーニング→自由時間または、ご飯をたべる。

そんな1日のサイクルずっと続くわけで、、、。

そんなK-DOJOも全ての業務をお休みにする日が週に一回、月曜日だったわけで、、、。

だいたい月曜日の記憶は、寝続けて、記憶が無くなっているか、、、ちゃんこが無いので、近くに飯を食いに行くか、スーパーで見切り品をゲットして自炊をするか、、
、。

それが旗揚げ前~8月の末ぐらいの半年位の間の定番でした。

そんな、旗揚げ前のプライベートな1枚(笑)

いかにも寮!

しかも旗揚げ前で荷物が多い(笑)

この寮は、会場でもあるBlueFieldの二階部分。

旗揚げ前までは、女子選手と1期生と一部の2期生以外は、全員がここに寝泊まり。

二段ベッドを6機、12人が生活する恐ろしい環境。


ただ、幸か不幸か、鉄平は、このBlueField二階部分の寮に在籍しながら、実際には1ヶ月も住んでいなかったんですわ、、、。

なぜなら、旗揚げ戦が終わり、5月の中旬~末にかけて4期生の入寮が始まったと同時に、鉄平は、みちのくプロレスの九州巡業にヤスウラノさんと2人で出ていたため、、、。

みちのくプロレスから戻ると、私物すべてが、第二寮の方に移されて居たのでした。

と、今回は、寝落ちもしたので、この辺で。
KAIENTAI DOJO、14周年後楽園大会を見終わりました…。

Hi69さん。

Hi69さぁぁぁぁん。

Hi69さんの後輩で、良かったです!

そして、KAIENTAI DOJOの2期生で良かったです!


すべての始まりと奇跡の出会いを与えてくれた、TAKAみちのく代表とカリブ海の楽園、プエルトリコに感謝します!!

ありがとうございました!!

Hi69さんから感動と明日からの活力を頂いた鉄平です。


そんな15年前のHi69さんです。

日本デビュー戦は、みちのくプロレス。

最初は、闘龍門さんと比較され、評価の低かったKAIENTAI DOJO。


ただ、当時、どこの団体も若手不足で、その中で、一年間、KAIENTAI DOJOの評価をコツコツと高めて行ったのが、Hi69さんと、ヤスウラノさん。

2人がいたから、柏さん、真霜、鉄平、サンボ(大石)が、日本で先行デビューできました。

また、KAIENTAI DOJOの旗揚げ戦が大成功した影には、2人の存在が大きかった。

だって、旗揚げ戦の半数以上が、ほとんど試合経験の無いメンバーばかり。不安だらけで仕方なかった。

みんな、失敗したくなかった。

みんな、成功したかった。

そんな中で、挫折を味わった経験があった2人からは、失敗したって良いんだよって、、、。

ダメならそこから上がって行けば、、、。


言葉でも言われた気もするけど、どちらかと言えば、態度で示された気がします。

まだ会場とは呼べないような、千葉BlueFieldで、刻一刻と迫る旗揚げ戦の日。そんな緊張感が支配する中で、、、。


旗揚げ第一試合の成功は、興行を成功に導いたと、当時はマスコミに書かれていましたが、Hi69さんの教えに同調した、同じ天才肌の十嶋くにおが、相手だったからこそ、できた大仕事だったと、今、振り返ると、そう思います…。


旗揚げ第一試合の映像がある人は見直してください!

先に日本デビューして、余裕がないといけないはずの鉄平が、先に入場した際に、緊張し過ぎて、雰囲気に呑まれ、顔が強ばっているのに対して、後入場の十嶋くにおが、会場の雰囲気を見事に呑み込み、味方に付けた。

それで、お互いに、良い緊張状態が保てたのかな?と。

と、今日は、Hi69さんに魅せられた鉄平のせいで、千葉での生活がほとんど、紹介できていなかったので、明日は、禁断の寮生活を少し話していきます。

では、、、。

あ、おまけです。
若かりし頃のHi69さんがやらかした、事件簿の証拠写真を入手したので張ります。(みちのくプロレスさんのパンフより引用)


では、今日は、この辺で。