今朝 朝起きると 嫁さんがシャックリをしてた。
なかなか止まらなかったので
僕が人差し指で嫁さんの額を押さえた瞬間に
シャックリが止まった。
ありゃ 奇跡のパワーやん!とさえ思わなかった
「ほう、そうか?」 って感じだった。
で、『ほう、そうか?』について ちょっと説明しま~す
エックハルト・トールさん著書のニュー・アースに
こんなことが書かれてました。
『日本のある町に白隠(はくいん)という禅の老師が住んでいた。
彼は人々の尊敬を集めており。
大勢の人が彼の教えを聞きに集まってきていた。
あるとき、寺の隣の十代の娘が妊娠した。
怒り狂った両親に、子どもの父親は誰だと問い詰められた娘は、
とうとう白隠禅師だと答えた。
両親は激怒して白隠のもとに怒鳴りこみ、
娘は白状したぞ、お前が父親だそうだな、となじった。
白隠は「ほう、そうか?」と答えただけだった。
噂は町じゅうどころか近隣の地域まで広がった。
禅師の評判は地に堕ちた。
だが禅師は意に介さなかった。
誰も説法を聞きに来なくなった。
だが禅師は落ち着き払っていた。
赤ん坊が生まれると、娘の両親は禅師のもとへ連れてきた。
「お前が父親なんだから、 お前が面倒をみるがいい。」
禅師は赤ん坊を慈しみ、世話をした。
一年たち、慙愧(ざんき)に堪えられなくなった娘が両親に、
実は赤ん坊の父親は近所で働く若者だと白状した。
両親はあわてて白隠禅師のもとへ駆けつけ、
申し訳なかったと詫びた。
「ほんとにすまないことをしました。赤ん坊を引き取らせてもらいます。
娘が、父親はあなたではないと白状しましたんで。」
「ほう、そうか。」
禅師はそう言って、赤ん坊を返した。
禅師は偽りにも、悪い知らせにも良い知らせにも「ほう、そうか?」
とまったく同じ対応をした。
彼はよくても悪くても いまという瞬間の形をそのまま認めて、
人間ドラマには加わらなかった。
彼にとっては あるがままのこの瞬間だけがある。
起こる出来事を個人的なものとして捉えない。
彼は誰の被害者でもない。
彼はいまこの瞬間に起こっている出来事と完璧に一体化し
それゆえ起こった出来事は彼に何の力も振るう事が出来ない
起こった出来事に抵抗しようとするからその出来事に翻弄されるし、
幸福か不幸かをよそから決められることになる。
赤ん坊は慈しまれ、世話をされた。抵抗しないという力のおかげで、
悪い出来事が良い結果になった。
つねにいまという瞬間に求められたことをする禅師は、
時が来たから赤ん坊を手放したのだ。』
って書いてありました。
あるがままを 受け入れ
起こった出来事に抵抗しない。
なかなかできませんよねー
さっきの嫁さんのシャックリが止まった時
いつもの僕なら
奇跡のパワーが とうとう来たぁぁぁーーー!!って
ちょっと(シャックリなら偶然止まることだってあるし
そんなびっくりするようなことじゃないから)喜んでたし
以前のリーディングで言ってた
「宇宙は奇跡が起こっても あたり前だと思ってる人に
奇跡を起こさせたいのです」と言ってたので
びっくりしたらあかん あたり前を装わなあかん って
ギクシャクしてる自分だったりしてた
それが 何の抵抗もなしに普通に対応できたのが
自分でも なんなんやろ?って思ってしまった。
なんとなく 「ほう、 そうか。」の世界だ。
その後 テレビで
「両耳の聞こえない作曲家」として知られていた佐村河内守さんの
ニュースが流れてた
僕が「べつにええやん」ってテレビに向かって言ったら
嫁さんが「そんなん自分が直接被害にあってないからそう言えるんよ」
って返してきた。
そうかなぁ
佐村河内守さんも まったく聞こえないことはなくっても
耳に障害を持ってたのは確かだし
だんだん有名になってきて こんな大事になってしまったけど
ちょっと大げさに言ったことが
有名になったから ほんとのこと言えなくなって
ここまできてしまったかもしんないし
ひょっとしたら自分にだってそんなことあるかもしれないしなー
って思った
ちょっとした「ほう、そうか。」だ(^-^)
それに 今までの僕だったら
嫁さんの一言に すごく反発して
今の自分の考えを熱心に話してたけど
嫁さんの一言にも そういう意見もあるなぁ
「ほう、そうか。」って思った。
ひょっとして 魂のレベルが上がったのかもー!!
それか 朝なので ボーっとしてて
思考が停止してたのかもしれませーーーん( ̄▽ ̄;)
どちらにしても
「ほう、そうか。」のレベルになるには
俗に言う 悟りのレベルなんでしょうーね。
生きているうちに悟れるんかなぁー(^。^;)