人生の旅に出る理由なんて、いつだって大したことじゃない。
私の場合は、17歳の時に読んだ望月峯太郎の『バイクメ〜ン』だった。


学校に不満があったわけでも、家庭が壊れていたわけでもない。教師と揉めたこともなければ、警察の世話になったこともない。振り返れば、不良になるための切符は、僕のポケットには1枚も入っていっていなかった。


ただ、その漫画のせいで、気がつけばエルヴィス・プレスリーを聴き始めていた。


今ならよく分かる。
当時は、エルヴィスの音楽そのものを理解していたわけじゃない。僕が惹かれていたのは、その音の向こう側にあった世界観、もっと言えば、ただの「気配」だ。


革ジャン。古い単車。油の匂い。ロックンロール。
時代遅れと笑われても、絶対に捨てられない美学。


憧れたのは、自由でもなければ、ましてや不良という肩書きでもなかった。
もっと厄介で、もっと逃れられないもの。


つまり、「スタイル」だ。


考えてみれば、ロックンロールなんてものは巨大な思想でも何でもない。ただの様式、ただのポーズだ。けれど人間は、ときに立派な思想なんかよりも、そういう取るに足らない様式に救われることがある。思春期の、名前のつかない苛立ちによく効く、ちょっとした魔法みたいなものだ。


バイト代を握りしめて教習所に通った。本当は新車のSR400かテンプターが欲しかったけれど、予算が足りずにレッドバロンで見つけた激安の中古のグースを買った。(ボニーはトライアンフT120ボンネビルを新車で買ったというのに!)

ヘルメットはホームセンターの、びっくりするほど頭が大きく見えるジェットヘル。

今思い出しても、全身全霊でダサかったと思う。

似合ってもいないし、どこからどう見ても本物じゃない。


けれど、それは自分の力で手に入れた、初めての「何か」だった。


誰が何と言おうと、あの日の私はロッカーズだったし、少なくとも自分だけは、世界で一番それを信じていた。


世紀末という、どこか落ち着かない空気が街に流れていた時代。
夏になりそうな風が吹いていた。