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(前回からの続き)

 原因の世界とアクセスする「本当の自分」…。

 「本当の自分」って、どんな自分……?。

 怒っている自分。悩んでいる自分。争っている自分…元気のない自分。
 それは、「本当の自分」?

 多くの人々が、そのような問いに、自問自答してきたことだろうと思います。
 そして、多くの人々は、一日のほとんどを「自分」というものを考えています。
 「自分は○○と思う。」、「自分は○○したい。」、「自分が○○だから、□□する。」とか、「自分」というものを自覚、自覚していないにかかわらず、無意識、意識的にも、常にそこには「自分」が存在しているはずです。

 「本当の自分」って、今、自分が感じているのが、本当の自分なのでしょうか?今、考えていること、行動している動機が、本当の自分なのでしょうか?

 「本当の自分」と思っている「自分」は「本当の自分」なのでしょうか?

 
 少しの間、様々な事象に照らし合わせて、「本当の自分」について、考えていきたく思います。

(その1)怒り

 今まで、人に腹を立てたり、怒ったりしたことがないでしょうか?誰もが、経験のあることだと思います。
 正直言って、僕はよく怒っていました。世間・社会に対しても、家族に対しても、友人に対しても、職場の人たちにも、本当、よく怒っていたと思います。ある時期まで、毎日毎日、怒ってばかりで、ストレスばかり溜まっていたように思います。

 では、「怒り」って、どんな時に起こるのでしょうか?考えてみましょう。

 たいてい人は「許せない、納得できない、我慢できない…」という時に、腹を立てます。怒ります。

 それでは、その「許せない、納得できない」などの判断は、何で決めているでしょう?
 同じことでも、腹を立てる人、立てない人がいます。同じ人でも、腹を立てる時と、立てない時があります。

 腹が立つか、立たないかの判断は、人によっても違うし、時によっても違うし、都合によっても変わるものです。

 果たして、本当に腹が立っているのでしょうか?

 勝手に「腹が立つ」のでしょうか?それとも、誰かによって「腹を立てる」のでしょうか?
 腹は、立つのでしょうか?立たないですよね?やはり、誰かが、腹を立たせているのです。

 誰が立たせているのでしょうか?他人は、その人の腹を立たせることはできません。すなわち、自分が腹を立たせているのです。

「謙虚と傲慢」

 「謙虚」とは、ひかえめで素直な様子の意。素直は「あるがまま」の意。
 「傲慢」とは、おごり高ぶって、人を侮ることの意。

 傲慢な人というのは、しょっちゅう腹を立てています。傲慢な人は「自分が正しい」という思い込みや自信が強く(自信過剰)、いわゆるプライドが高く、「相手が間違っている」という気持ちが強いのです。

 その一方、謙虚な人は腹を立てるでしょうか?謙虚な人が、「自分が正しい。あなたが間違っている。」というのはおかしいですね。それは、傲慢な意識ですし、謙虚な人はそのような意識は持っていません。

「愛情深い人」

 愛情深い人は、腹を立てるでしょうか?愛情深い人は、相手を受け入れます。だから、腹を立てることがありません。
 また、思いやりのある人も腹を立てません。相手のことを思うからです。
 また、智恵のある人は、相手のことを理解する知恵があるから、腹を立てることがありません。

 腹が立つということは、愛情が足りない、思いやりが足りない、智恵が足りないってことになります。



 僕の場合、過去、よく怒ってました。腹を立てていました。喧嘩もしました。傲慢な時もありました。思いやりをうまく表現できない時もありました。

 そして、苦しみました。

 「本当の自分は、腹を立てている自分では無い。」と本当にわかってからは、自分が作り出していた怒りが少しずつ消していくことができ、同時に、心の中にもやもやしていた苦しみも消えていきました。

 皆さんはどうですか?傲慢な人ですか?愛情の足りない人ですか?(続く)

(参考文献)

非対立の生きかた―一瞬でしあわせをつかむ成功法則/高木 善之 著

本当の自分―幸せな生き方の発見/高木 善之 著