今まで運が良かったのか悪かったのかは分かりませんが、中学生の時に同級生のお父様のお通夜に行って以来、葬式というものは近所で亡くなった人もいなかったのでこれまで体験しませんでした。が、9/24に祖母が亡くなってしまいました。84歳でしたが病気というわけではなく老衰で最後を迎えたようです。午前5時半に私が朝会社へ出勤するべく歯を磨いていたら田舎からの電話が鳴ったのでした・・・。

9/26、土日でお通夜と葬式をやるというので仕事で葬式しか出れない家族よりも先行して私と娘である母が田舎へ向かう事に。秋葉原より首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレスと書いた方が分かりやすいか?)に乗り万博記念公園へ。さすが高規格線路と高速運転の組み合わせは凄まじく、あっという間に茨城へ。秋葉原~万博記念公園の1050円の運賃はボッタクリだなあと思っていましたが、この速さなら納得の価格でした。

駅から親戚の車で田舎の家へ向かう。家へ到着すると遠くからでも目立つ大きな花輪が1つ設置され、お通夜会場の立て看板やら御霊燈が玄関に立っていた。ばあちゃんが死んでさぞがっかりしていると思ったじいちゃんであったが、意外と元気でした。ただその元気がカラ元気である事は私にも分かったが。
挨拶もそこそこに遂に遺体と対面であるが何だか見たくない心境であった。広間に祭壇が設けられ、布団の上に寝かされ顔に白い布が掛けられていた。本当にばあちゃんなのか?とも思ったのだが母が白い布を取ると間違いなくばあちゃんであった。顔を触ってみたがプヨプヨしていて、とても死んでいるとは思えなかった。だが、肌は冷たく2日前まで生きていた時とは違う状態なのは分かった。これが死ぬという事なのかと私はショックを受けた。遺体は火葬されるまで臭わないようにドライアイスが布団の下に仕込まれていたが、ハエが多くて手伝いに来ていた近所の方が駆除をしていた。遺影を見ると元気だった頃のばあちゃんの写真が入っている。まだ生きているんじゃないかと錯覚してしまう。

午後になり、納棺の儀式を行うという事なので納棺師の方がやって来た。やる事はまるで映画の「おくりびと」と同じ事をしていましたが、顔に化粧をするとまるで普通に眠っているかのような表情になり、思わずそのテクニックにびっくりしました。最後は布団のシートを皆で持って棺に入れる。三途の川を渡れるようにと5文銭や、あの世での通行手形と言われている額に付ける三角の布、そして生前の遺品を棺に納める。私は死ぬ間際に最後まで持っていたぬいぐるみを収めてあげました。着物や靴も入れましたが、やはり火葬の時に問題があるようでゴム靴はNGとの事で草履を入れました。着物は襟の糸を外した方がよい(これは風習なんでしょうか?)と近所のおばあちゃんが言うので糸を外して入れ、棺の蓋を閉めて終了。後は夜のお通夜まで待機となった。

午後6時、住職が到着し全員広間へ集まり読経が始まった。要は昔の古代読みで阿弥陀如来にこういう戒名の人がそちらへ行きますんでヨロシク見たいな事を読んでいるんだとは理解でき、ヘ~と感心していたのであるが、とにかく長い!昔はもっと長かったなんで住職が語っていたので昔の人は大変だったのであろう。長時間座っていたらだんだん足が痺れて痛いではないか!他の親戚連中も同様だったらしく、終了時には皆よろけて互いに苦笑いしてました(笑)何かお通夜らしからぬ雰囲気ではあったが、ひ孫の小さな女の子はいつも寝ていたばあちゃんが棺に入っていたのでビックリしたらしく泣いていた。ただ、まだ死というものがよく分からないので「どうしてひいおばあちゃんの顔は冷たくなってるの?」と聞かれた時は返答に困りました。番犬もご主人の死が分かったのか、家の異様な雰囲気を感じたのかは定かではなかったが、哀しい鳴き声で鳴いていた。

この夜はかなりクタクタになったが、明日の葬式に備え、とりあえず親戚のおじさんの家に泊まる事になった。(続く)