前記事の補足です。
NHKの編集ではあまりにも極端な狂信者である母親の姿が描かれました。勿論ドラマそのものは架空の宗教団体という体を装っていましたが、それでも一応宗教2世たちの面会を通じて母親の基地外ぶりを強調していました。
これはおかしいですね。
こうなると面会をした2世たちの信仰など全くなかったことになり、また同時に多くの信仰を持つ2世に対する侮辱以外の何物でもないのです。
ドラマの中では家族で水族館に行くシーンがあります。エホバの証人の母親はああいう解きに創造の知恵とすばらしさを子供と話し合います。NHKは進化教信者の集まりですので、なぜ創造者を信じるに至ったかなどどうでもいい描写です。
問題はそういう創造論の論理性を利用して、創造者にかこつけて己の権威を確立し、信者を操り組織の悪辣さです。
言っておきますがものみの塔という宗教は2世だけが被害者ではないのです。1世もまた被害者と言えば被害者なのです。
ドラマの中の狂信者の母親もまた犠牲者です。仕事でうまくいかなくて自信を無くした母親の心のすきを利用したのは宗教です。
2世の中で「いや1世は自分から進んで宗教に入ったのだから自己責任だ」という人がいますが、私はそういう「2世であることを武器にし」、「2世無罪」というような人間性に欠け、思慮と分別に掛けた人間とは話が合わないと思います。
ここではっきりさせておきますが、ブログをしている2世の中で「1世も被害者だ」という人は皆無に近いですね。そういう人に限ってオフ会で2世動詞で慰めあい、宗教2世の苦しさを分かち合っているようですが、年に数回集まり、しかも一回につき数千円の費用がかかる集まりですから、互いの欠点など見えない場合が多いですね。
エホバの証人はかつて週3回、そして奉仕を含めれば毎日集まっていたのです。それはドラマで描かれた狂信的母親も含め、そこに居場所を見出した人たちです。
よ~~く考えてくださいね。今オフ会で居場所を見出している人たちがその中には気の合わない人もいるでしょうが、その人たちとほぼ毎日顔を合わせて今の親睦を続けることができるでしょうか。その自信がありますか。
オフ会に集って、そこを居場所だと思う人がいること自体には私は肯定的です。しかし「2世」という看板を掲げれば1世をいくら誹謗しても構わないと思うような人たちが、毎日顔を合わせていれば絶対に確実に仲たがいが生じるでしょう。それは確信をもって断言します。そういう人間はエホバの証人の狂信的信者が世をさげすんでいた姿と何ら変わらないからです。そういう2世がブログ会には横行しています。
例えば六積さんは1世ですが、彼の人生は組織の言いなりになり、この事物の体制での将来を見据えていない人生でそのしわ寄せを今食らっています。ものみの塔自称良心派はそういう1世を極めて侮辱しおよそ両親などのかけらもないサイコパスです。つまり1世でもそういう人間もいます。でもこのような精神を持つ人間を造りだしたのも組織であり、良心派などといまだに組織の教えから抜け出せない点で犠牲者なのです。
2世は被害者だということに私は全く異論はありません。しかしそれを強調し。1世を目の敵にしていると、問題が1世2世に集約され、組織そのものの悪がいつの間にか伝えられなくなるのです。
繰り返しますがNHKは進化論絶対真理という視点でどの番組も作っています。そういう人間たちの手のひらでうまいこと転がされているだけだという印象を私は持っています。
なお2回にわたる宗教2世特集の1回目で島田裕己が「1世のやってきたことが問題で、1世は何をやってきたのだ」と述べていましたが、島田はオウム事件の時にオウムのサティアンを見学し、麻原彰晃をほめた結果、島田が務めていた大学の女子学生が島田の言葉をきっかけにオウム信者になったことへの責任を追及されてもそれを認めませんでした。
島田は第三者的立場であると強調しましたが、その立場であるがゆえに客観性があると思って信者になった責任を認めなかったのです。私は島田の言い分は理解できますが、その島田が1世の責任を問題視するだなんてどの口が言っているのだと思いました。でもそういう人間を招いた話をさせる点で「2世人権の会」の倫理感覚に疑いを持ちました。
ジャニーズ問題で被害者の会が「金目当てだ」と言って顰蹙を買いましたが、宗教2世人権問題でもその幹部や法律顧問に「金目当て」の人はいるでしょう。田中弁護士がそうだとは言いませんが、田中弁護士の今までの自己弁護を見ていると「それの何が悪い」と言いそうです。そうなると大した被害を受けていなかったり、あるいは自分が悪いのに組織相手に金目当ての人も出てくるでしょう。その金が信者の寄付であることも忘れてです。