他人の気持ちに寄り添えないことを次々と披露するひろゆきーカネ教の哲学 | エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

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「無価値な目撃証人」とは箴言19:28(新世界訳)で「どうしようもない証人」と訳されているWorthless Witnessの字義訳です。
ものみの塔日本支部広報の体罰に関する回答は彼らがそういうものであることを自ら示しました。
主にものみの塔関連ですが、そのほかいろいろ。

カネ教とは、カネが神であり、カネを持っている人間が優秀な人間であり、カネがあらゆる問題を解決する万能のものであると信じている宗教。神様のことを敬意を込めて「おカネ」と呼ぶ事も多い。特徴として人を人と思わないところがあり、貨幣経済と同時に始まり、人類の中で最も古く、最も広く浸透している宗教と言ってよい。宗教の敵ではなく、宗教みたいなもの。同類は群れる。

 

カネ教の人間が巨額の金を手にした場合自分がカネの神に是認されたと思うようになる。しかしカネそのものは無機質で無人格である。そこで金を手にした人間は自分がカネの神の具象であると思うので、自分が神になるのである。神の代理と言っていいかもしれない。

 

カネ神信仰者はカネが幸福をもたらすと思っているので布教のために指南書や独自のバイブルを著わしたり、講演もする。それぞれが自分こそがカネの神の使者だと思っているのでそれぞれが好き勝手な持論を展開する。すそ野は広い。しかし頂点はカネなのである。

 

 

まず、ひろゆき氏は「蛍原さんの回しで面白かった部分ってあまりない。ぶっちゃけ、僕は蛍原さんがいなくてもアメトーークは成立するなと思った」とジャブ。  さらに宮迫の闇営業問題について「確かに彼が行ったことは良くないことだと思う。しかし、実際は事務所を通さずに仕事をすること自体普通にあるし、僕らにとってはどうでもいいこと。この問題の本質は、宮迫さんが吉本に嘘をついたことにある。嘘をつかれたことに腹を立てた吉本が横のつながりがあるメディアを通して宮迫を悪者にした」と持論を展開。  その上で「別に宮迫さんそこまで悪いことしたの?っていうのと、蛍原さん、ぶっちゃけ冠番組作る実力ないよね、っていうのがあるので、あの騒動はいかがなものかな、と僕は思いました」とまとめた。

 

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雨上がり決死隊の漫才はもともとそれほど面白いと思ったことはありませんし、一漫才コンビの解散などさして気にすることはないわけで、それをわざわざ大事にすること自体なんだかなあと思ってはいます。

 

ただこの件に関するひろゆきのコメントの方が、興味を引きます。

 

ひろゆきは「カネを持っている奴」面白い奴」「有名な奴」が勝ち組で、負け組はどうでもいいというある種の優性思想的な考えを持っているというのがこの言葉からもわかります。

 

要するに「蛍原はつまんない奴なので、宮迫がいたから輝けたのだ。解散してこれから食っていけるのか」と言いたいのでしょう。

 

こういうのはDaiGoのホームレスや生活保護受給者排除思想と似ています。だから同類で擁護するのでしょう。

 

蛍原が実力があるかどうかはこの際関係ないのです。二人の間の問題は宮迫がYoutuberになったことで方向性に変化が生じたということです。ひろゆきはそこを触れていません。まるでこれだと闇営業の件で吉本に嘘をついたことが原因で蛍原が宮迫を見限ったと、ひろゆきが解釈していることになります。

 

問題の本質を把握できず、むしろすり替えを行っています。問題の本質を根本的に理解できないこのような人間が問題の本質を論じるのは、他競技の選手に喝だのあっぱれだと偉そうに評価する張本とさして変わりません。

 

蛍原は、宮迫が吉本の逆鱗に触れたがゆえに宮迫を見限ったのではありません。蛍原は宮迫を待っていたのです。宮迫の方が実力があり、華があるのは蛍原もわかっていたと思います。それでもコンビ解散をしたのはそれを上回るものがあったからでしょう。打算でしか物事を考えないひろゆきの思考は、他人のそういう気持ちを理解できないのですから、寄り添うことなど根本的にできないのです。サイコパスの様相をまたまた上塗りしていますね。

 

やすしきよしはお互いリスペクトし、やすしもきよしもお互いに漫才をしたかったコンビです。面白さではやすしがきよしをしのいでします。それでもやすしの度重なる不祥事でコンビ別れを余儀なくされました。きよしは辛かったのです。きよしの場合はピン芸人で生活が成り立ったので別れても大丈夫だったとひろゆき理論に従えばそうなります。ただそういう次元を超越した感情をきよしはやすしに対して抱いていました。コンビの気持ちなどひろゆきごときには理解できないのです。

 

蛍原もコンビ別れがしたくてしたかったわけではなかったはずです。

 

ひろゆきの発言は蛍原が、その言葉によって蛍原がどういう感情になるかを全く配慮していません。ただでさえ傷付いている蛍原の傷にワサビを刷り込むようなものです。勝ち組意識がそういう事もできるのでしょう。カネが稼げる人間(例えば宮迫)に対し、カネが稼げない人間(例えば蛍原)は平伏すべきだという考えを持っているのです。カネの稼げない人間(蛍原)は、自尊心とか誠実さという人間としての感情は考慮されません。これもまたサイコパス的ですね。

 

カネが神だと思うと人間はこうなります。