「夢破れた今を正当化するために過去を否定するしかない」-試される人格2(青字追記) | エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

エホバの廃証人:ユダヤ教の異端・ものみの塔鬼畜統治体&嘘つき腐臭幹部日本支部関連+諸事イッチョカミ

「無価値な目撃証人」とは箴言19:28(新世界訳)で「どうしようもない証人」と訳されているWorthless Witnessの字義訳です。
ものみの塔日本支部広報の体罰に関する回答は彼らがそういうものであることを自ら示しました。
主にものみの塔関連ですが、そのほかいろいろ。

さて「あまちゃん」で描かれたユイを見ていて、その痛々しい思いを視聴者は共有するのでアキへ投げかけたひどい言葉も許せるのです。ユイがイイ子だという認識はユイが猛省することで同意するのです。

 

これが普通の正常な感覚なのです。ユイがもし反省せずその後アキをイビル人格障害者なら視聴者の共感を得ることはできないでしょう。そういうユイは醜い人間であると思うでしょう。

 

それが行われているのが、アメブロ界隈のアンチエホバの証人過激派グループなのです。

 

組織の中で野心を抱き、その上を目指していた人間が、罵倒という暴行を上位者に働いて排斥されたのは至極当然のことです。。しかしその人間は「身に覚えがない」と言わんばかりにその措置を不当だと言います。しかし排斥によってその夢が破れることで、でたらめな人生を歩むようになりました。そしてその荒んだ心を正当化するために過去を全否定しだすようになりました。自らの人生の否定するだけではないのです。関わった人たちのプライバシーを暴き、その不完全さを暴露し、実名を上げて中傷しています。この人間に愛を示した人ですらも踏みにじるのです。この人間の過去の全否定は、過去に知り合った人たちを中傷することまでするのです。どれだけ相手が傷ついたとしても全く意に介さず、自分を正当化します。反省することは全くないのです。そのくせ、過去の思い出の中の自分の立場は自慢気に語ります。

 

自然の美しさを立てる一方、人間の心の醜さについて触れていますが、自分のことを言っているのでしょうか。それとも他の人のことを言っているのでしょうか。しかし最も醜い心を持っているのはこの人物です。野心的で、他の人を踏みにじる、傷つけても平気で、反省はしません。自己愛性人格障害のみならず反社会性を有しています。サイコパスの域に達しているのではないかという疑いがあります。

 

なんと醜いことでしょう。

 

自分の丈夫なカラダを自慢していますが、例えばスポーツ選手が栄光を得たときには、丈夫なカラダに生んでくれた親に感謝します。しかし親はまだ何もできない赤ん坊の時に24時間中を払い異変が起こったなら病院にかけたこともあるでしょう。つまり生んでくれたことだけではなく育ててくれたことにも感謝します。しかしこの人物が感謝するのは自分のカラダそのものです。ここまで徹底した自己愛のカタマリの人間はそうざらにはいません。犯罪者に多いのではないかと思われます。

 

ハルマゲドンでお祭り騒ぎをするのは自分自身なのです。おそらくその姿は浮いていたことでしょう。世の滅びを願っていたのです。

 

すべてはブーメランなのですが、それでもそれをなんの良心の呵責も、恥も外聞もなく語るのは自分が善悪の基準を決定できる権利を持っていると思っているからです。要するに「自分が神」なのです。

 

傷つくことでその人の本性はあらわになります。夢がかなわなかったときに、その本性が表れるのです。夢が破れたときに、過去を否定したくなる気持ちは理解できますが、それにかかわった人たちまで傷つけてよいというわけではないのです。そんなことを許せば京アニ放火犯人も許せと言っているようなものだからです。

 

残念ながらそのような人間に同調する人間は、自分もアニメーターになれなかったからと言って、京アニ放火事件の犯人を応援しているような者どもです。

 

結局は他人の醜さを容認することによって、自分たちのもつ醜いな面の代理をしてもらおうとしていて、自分の醜さの弁護をしようとしているのです。フレネミーとはそういう人たち同士のつながりなのです。アメブロにおけるアンチエホバの証人過激派グループが作り出すコミュニティは世間的に見ても異常な世界です。彼らが組織の偽善を明らかにすると鼻息高らかに喚こうが、その方法があまりにも醜いので世間は、愚劣な彼らの主張を意に留めず、むしろその熱心に誠実に行う姿に一目置くのです。

 

寒空の中、カート奉仕をしているエホバの証人の信仰に一目置き、それを盗撮するカメラ小僧とその一味、そしてそれをネットで共有し、やんやの喝さいを上げる人間どもに対して眉をひそめるのです。

 

それが常識というものです。非常識なのは紛れもなく、そのような恥知らずな卑劣なものどもなのです。

 

親に文句があるなら親だけにすればいいのに、それをしないのです。思考力を働かそうとしません。

 

こんな子育てをした愚かな親に対し、私は現役時代警告していたので、その親だけに絞ればいいのです。

 

今奉仕をしている人たちは同じ2世の人が多いのはないのですか?