アーシングエブリナイト -32ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

近頃の本は丈夫になった、と感じていた。

以前は、背表紙から、ページごと外れたり、外れなくても緩んで危なっかしい感じになったりした。

図書館の本でも、古い本ほど、取り扱いに注意しなきゃ、と思う時がある。

 

で。

近頃聞いたMさん(化学物質のエキスパート)の話。

今は製本のりとして、ポリウレタン(PUR)系ホットメルトを背表紙部分に使う本が増えた、

従来のエチレン酢酸ビニル(EVA)系ホットメルトと違い、

接着剤の量が少量で済むので、見開きがいい(ページを開いた状態でコピーしやすい)、

空気中の湿度や紙の水分と反応して、のりが硬化していくので、強度も耐久性も優れている、とのこと。

そして。

化学物質過敏症の人が、このPUR 系ホットメルトで製本した本で、

体の不調を訴える時がある、とのことだった。

つまり。

空気に触れる状態で、反応が進むので、購入者が手にした時点で、

イソシアネートを感知する場合があるらしい。

私も、アマゾンで本を購入した時、新品の本は、本のフィルムを剥がした時、何かしら匂いを感じる。

中古品の時は感じない。

のりの硬化反応が完了する養生時間を経て、出荷しているはずだが、

過敏症の人には、微量の反応でも感知してしまうのだろう。

今は、店頭に並んでいても、フィルムで包装している本もある。(本屋の事情で)

新品の本をフィルムで覆われた状態で購入した場合、

屋外でフィルムを剥いだ方がいいと思う。

しばらくは外に置いた方がいいだろう。

もし、家族がいた場合、本人が平気でも、具合が悪くなる人がいるかもしれない。

 

DIYによるイソシアネートの曝露で慢性過敏性肺炎と診断されたMさん。

製品化され、店頭に並んでいるから安心、安全と思ってはいけない、と言う。

自分の身は自分で守る。

何事も、一旦距離を置く、というのを習慣化するべきかもしれない。

その間に気付くことがあるかもしれないから。

 

中学校に上がる時、小学校の恩師から、小ぶりの白い表紙で本のようなノートをもらった。

思ったことを書きなさい、と。

見た目は素敵だけど、背表紙があるので、開きにくく、だから書きにくい。

結局、一文字も書かず、住まいが変わる度に持ち運んだけれど、随分前に、捨ててしまった。

ノートを捨てようと決めて捨てた時、ため息のような解放感があった。

恩師は深い意味で恩師だった。

本棚の隅で、ずっとこちらを見ていた白い背表紙。

私にとって何だったのだろう。

よくわからない。わからないから、何も書けなかったのかもしれない。

 

 

 

地域の草刈りがあった。

定められた草刈り区域は、藪が近いので、蚊が多い。

対策として、黒い服や帽子は身に付けなかった。

と。

いきなり、誰かがキンチョールを噴射した。

コロナ禍で、マスクをしていたのが幸いした。

それでも、殺虫剤を吸い込んだ。

喉は痛いし、辺りに残留した匂いで、くらくらした。

が。

みんなは平気で、キンチュールを持参した人を気が利く、と称賛していた。

せめて。

今から撒くから、離れて、と予告が欲しかった。

キンチョールは、日本人が長らく愛用している歴史ある殺虫剤だ。

成分ピレスロイドは、害虫に効いて、人には無害とある。(メーカーの説明)

それでも、体や衣服にスプレーする忌避剤とは成分が違う。

ひょっとして両者を混同している?

(恐ろしいから、これ以上は追求しません)

 

地元の人は素朴で優しい。

でも。

野焼き、除草剤、農薬などには無頓着だ。

ここで生まれて暮らすということは、有害化学物質に抗体があるのだろうか。

お互いさまで、何も言えないのだろうか。

山や川や田畑に囲まれ、人も純朴で、だから環境がいい、というのは神話だと思う。

 

若い頃。

仲間数人と遊んで、終電を乗り損ね、友人宅に泊ったことがある。

夜中、ふと目覚めると、高齢の女性が部屋の隅に座っていた。じっとこっちを見ていた。

あ。お母さんと同居してたんだ、と思い、夜遅くに転がり込んだバツの悪さで寝たふりをした。

翌朝。

友人に、お母さん怒ってる?と訊くと、ひとり暮らしだと言う。

?と思って、何気に窓の外を見ると、墓地が見えた。(友人宅はアパートの一階)

友人は、昨夜は怖がると思って言わなかった、とのこと。

私が見た女性は、ザンバラ髪で、よれよれの着物を着ていた。

座っていると思ったのは、、足が見えなかったからかもしれない。

 

数か月前、学校を休むほどの頭痛持ちの女の子に、就寝しながらのアーシングを勧めた。

その後、随分調子がいいとの知らせを受けた。

体の不調の原因は、その子の過ごす一日の環境を知らないと、ヒントすら見つからない。

現代は負の環境因子に溢れ、体の不調は複合的な原因だったりするから、悩ましい。

でも、アーシングは体の機能のずれとか歪みを、元に戻そうとするので、

続ければ、いい方向に向かうと思う。

特に、睡眠時間のアーシングは、質の良い睡眠がもたらす細胞の炎症の修復も大いに味方してくれるので、効果は上がるはずだ。

質の良い睡眠。これが難しい。

寝る前(30分くらい前)と、寝ながらブルーライトを浴びては、質の良い睡眠からは程遠い。

人工的な匂いがあったり、高周波の値の高い部屋も、NG.。

キャンプ場(スマホが通じない)で寝るテントの中の環境がベストかな、と思う。

うん。難しい。

でも、小学生、中学生を子育て中の親なら、問題意識を持って環境づくりをして欲しいです。

 

TVで、小学生がタブレット授業をしている教室の映像が流れた。

画面から顔が近い。瞬きもせず、集中している。

でもね。これをいつまでやるの?と訊きたいです。

中学生までか高校生までか。

人の目も脳も悲鳴をあげると思う。

せめて、机をもう少し縦に長いものに変えて、顔とタブレット画面の距離をとるべきだと思う。

近視の子が増えるのはもちろんだし、近視が目の病気に進むことだってある。

肩こり頭痛だって起こる。

それに、脳がずっと何年も、あんな至近距離で電波の攻撃(私にはそう見える)を受けるなんて。

脳は、運動も感情も司っている。

その人の個性の源だと思う。

自由の国、日本。

努力次第で何者にもなれる。健康であれば、夢は叶いやすい、と思う。

 

友人に頼まれて、学童保育でアルバイトしたことがある。

女の子の名前はれいちゃん。小学3年生。

体格が良く、色白で、可愛らしい。

初日。多くの子供たちは、新参者の私が物珍しく、周りに集まったが、れいちゃんは違った。

私を気にしているふうもなく、ひとり遊びをしていた。なんとなく、れいちゃんが気になった。

 

れいちゃんは、学童保育のリーダー格だった。遊びの内容も、タイムテーブルごとの移動も、彼女が仕切っていた。が、威圧的ではなく、皆の面倒を見ている、という印象だった。

他の指導員も、れいちゃんに頼っていた。それに懸命に応えている健気さが見られ、私はれいちゃんの大人ぶりに感心した。

ひと月経つと、私は20名ほどの子供たちにも慣れ、れいちゃんとも仲良しになっていた。

ふと、気づくと、私の横でお絵描きをしたり、外歩きの時、私の手を握ったりしていた。

私はれいちゃんが好きだった。れいちゃんは父子家庭だった。父兄のお迎えには父親の妹が来ていた。他の子は、私に大きな声でさようなら~とかバイバーイとか言うのに、れいちゃんは、私がバイバイと言わないと、バイバイを言わなかった。

 

ある日。

れいちゃんの膝小僧に大きなかさぶたを見つけた。私が驚くと、れいちゃんは目の前でかさぶたを剥いだ。見る見るうちに、血が滲んだ。私は救急箱を開けて、消毒して、絆創膏を貼った。

これでよし、と言い見上げると、れいちゃんはじっと私を見たままだった。

それからも、れいちゃんは私の目に前で、膝小僧やら腕やら手の甲やらのかさぶたを剥ぎ、驚いた私が救急箱を持ち出し、消毒をして絆創膏を貼る、という寸劇を繰り返した。

ある時、他の指導員に言われた。

子供を甘やかしては駄目だ、救急箱の中のものは、経費から購入している、と。

私はハッとして、もうやめようと思った。

れいちゃんに対して、触れ合いも目線も、他の子と同等にした。

れいちゃんはだんだん、私に近づかなくなった。

父兄のお迎え時、私は大きな声でれいちゃんにバイバイを言った。れいちゃんは手を振るだけの日もあれば、何も言わない日もあった。

それでも、学童での時間は充実した。子供たちは可愛かった。

約束の期日が来て、私は学童のアルバイトをやめた。人員不足で、続けて欲しい言われたが、やめた。

期日を定めたエネルギーの使い方をしたので、体も気持ちも余力がなかった。

最後の日。記念撮影で、私はれいちゃんの隣に座った。

写真の中で、私もれいちゃんも明るく笑っていた。

 

年月が経ち、思うことがある。

あの時。れいちゃんが、何度でもかさぶたを剥いだなら、何度でも消毒して、絆創膏を貼ればよかった。

誰に何と言われようと、茶番と言われようと、れいちゃんのかさぶたと私の絆創膏には特別の意味があった。

自分だけの特別な何かを求める心。れいちゃんの心は私にはわかる。

だから、指導員の言葉に、揺さぶられる心を見透かされたようで、私はひるんだ。

れいちゃんの長い人生の中で、一時でも一瞬でも、完璧な特別な人として、記憶に残りたかった。

私が奥深い心を持った人間だったなら、きっと成し遂げたに違いない。

 

 

 

電磁波カットのシェルター部屋を建築中の現場。

屋根と壁に挟み込む高周波カット用のサーモバリアがロールで発注先から届いていた。

Dさん(電磁波測定器を持つ電気工事士)は、

屋内配線用の電磁遮へいケーブルをロールで持ち込む。

Dさんは現場を担当する電気工事士に、ケーブルの扱い方を説明した。

磁場と電場の遮へい効果のあるこのケーブルは、精密機器のある医療現場や工場で使われ、

一般家庭にはほぼ、使われたことがない。

軟鉄テープを剥いだり、組み込まれたワイヤーでアースを取る作業は、

従来の施工方法より数倍面倒だ。

説明を聞く電気工事士が、だんだん無口になっていくのがわかる。

でも。

手間やコストはもちろん、現場の電気工事士への遠慮は度外視しないと、

完璧なシェルターは作れない。

このあたりは、Dさんは重々承知で、ひるむことはない。

 

木造軸組工法で、天井を張らない部屋。

と。

ひとつ問題発生。

施主が、梁にダクトレール照明を付けると言う。

天井なら距離があるけど、梁だと、人が歩けば、頭が近い。

我が家も、立った状態で梁に付いた照明まで30センチ強だ。(私の身長は164cm)

梁に電磁遮へいケーブルを這わして、梁にドリルで穴を開け、白熱電球の照明を付けている。

それで、電磁波はほぼ問題なし、だ。

ダクトレールは、レールに電流が流れた状態で、磁場も電場も数値は高い。

頭に近いとなれば、健康な人でも、月日が経てば、健康被害が出て不思議じゃない、と思う。

(照明の電磁波が原因と気付かない場合もあり)

施主は、照明については、練り直す、とのこと。

うん。せっかくのシェルター。

正しい方向に向かうのは妥協ではありません。